京都女子大学家政学部 教授 太田 貞司さん
地域にある課題に気づき、関心をもつ
掲載日:2017年11月29日
2016年4月号 連載

京都女子大学家政学部教授

神奈川県立保健福祉大学名誉教授

一般社団法人認定介護福士認証・認定機構 副理事長

太田 貞司さん

 

あらまし

  • 福祉職場における人材の確保においては、人材の確保と定着がすすむしくみ(質と量の好循環)の構築が重要となります。その中では、潜在的な人材を掘り起こし育てていくことも重要になります。また、専門職に就くだけでなく身近な地域における福祉課題に気づき解決を促進する力を高めるために、新たな層へ理解を拡げていくことも求められます。

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    第一回では、太田貞司さんに「地域にある課題に気づき、関心を持つ」ことについてご寄稿いただきました。

 

脚本家倉本聰さんが北海道富良野市街から20キロ離れた谷あいに昭和59年に開設し平成22年に閉塾した俳優養成機関「富良野塾」について、先日テレビで倉本さん自身が話していました。2年間の共同生活の入塾料・受講料は一切無料。塾生は昼は近隣の農家で働き、夜に学んでいました。こんなに働いて何になるんだと反発する塾生には「暮らすため、生きるためだ」と言い続けたと倉本さんは言います。そして「役者に大切なことは発信力が3割、受信力が7割である」と表現します。例えば、戦前がテーマの舞台では、まず大切なのはその時期の社会状況を知って、そこでの人々の暮らしを理解すること。その上で、役者として人に伝える際に演技力という技術が生かされます。同じことが福祉の業界にも言えるかもしれません。暮らし方が多様になり、共通体験が欠けてくる中で、他者の暮らしを受止め理解する力は、専門職にとって大切な視点だと感じます。介護技術など発信力の向上だけでなく、まず目の前の相手を理解し受止める受信力。そして、その相手の背景や同じ思いを抱えているかもしれない誰かに想像力を働かせることを疎かにしてはいけないと感じます。

 

「地域の課題解決力を高める」ことを考える上で、この受信力が、専門職から住民にまで共通して求められているのではないでしょうか。地域課題に「気づき、関心を持つこと」と言い換えることができるかもしれません。

 

「杉並老後を良くする会」が創り上げてきたもの

「杉並老後を良くする会」(以下「会」)は、昭和42年に東京都杉並区の地域の90人が集まり誕生しました。「住民の気づき」による住民活動を考える上で参考になるのが、この「会」の取組みです。

 

その活動はまず「地域を知ること」から始まり、一人暮らし、病気の高齢者の自宅を訪問し「困ったことは何か」を問いかけ、食事で困っていることを知りました。それが、昭和50年の区の食事サービスの実現に結びついていきます。父母の介護体験の仲間が「この指とまれ」の呼びかけで、「他人事ではない」と集まり、地域問題として食事の問題があることを知って、地域活動を先駆的に始めました。

 

そしてその後、公的ホームヘルプサービスがあまりにも不十分であったため、昭和56年から有償で家事・介護を行ったことに始まったのがのちの「友愛ヘルプ」でした。また、当時は斬新な考え方だった小規模多目的施設実現をめざし、そこから市民立の特別養護老人ホーム、グループホーム等が生まれます。「会」の運営には、住民の気づきから始まり、多くの研究者、専門家、専門職の参加、知恵と力がありました。「住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続ける」ために、住民が自分の地域に関心を持ち、気づき、専門家とともに具体的な行動を行ってきた「地域の課題解決力を高める」事例の一つと言えます。

 

専門職に大切な相手を受止め理解する力

静岡県藤枝市に、介護職員がうまく育っていると感じる施設があります。施設のミッションとして「地域に貢献する」という強烈なメッセージを職員に出しており、職員が地域に出る機会を重視しています。地域に目をむけた職員は、地域での住民の暮らしへの理解を深め、地域の課題に気づきはじめます。施設長は、「専門職として大切なのは、施設内での技術力の向上だけではなく、地域の暮らしに目を向けること」と言います。職員は地域のさまざまな住民に出会います。ただ知るだけでなく、相手に合わせた表現で説明を行うなど、地域住民とのかかわりの中で、他者を受止め理解する経験を身につけていきます。知識という頭での理解ではなく自分の体にすとんと落ちていくような五感による理解をしていきます。また、自分の役割を対象化することで、業務にやりがいを感じたり、自信につながっている様子が見られます。特に、将来への不安が大きい若い人には、自分の業務の意味を実感できることは、職員自身の立ち位置を確認する作業にもなり、職員育成につながります。

 

東京においても社会福祉法人による地域公益活動として、多くの法人が地域と接点を持ち、地域課題に気づき何ができるかを考えています。社会福祉法人としての使命を果たすとともに、職員が地域とのかかわりの中で育つトレーニングの場にもなっているのではないでしょうか。しかし、多くの福祉職場にとっては、やらなければならない業務で多忙な中、学ぶ場が少ないというのが現状かと思います。ただ、職員が役割や立場を確認する作業は、人材の定着を考える上でも意識したいことです。

 

次の時代を切り拓くヒント

専門職から住民まで、それぞれの立場で身近な地域に関心を持ち、地域課題へ気づくことを考える上で、杉並区の「会」、そしてまた各地のさまざまな取組みから、住民の役割、また専門職との協働について学ぶことは少なくありません。

 

地域住民の「体験・経験」から「地域の実状の共通理解」へ。また「しくみをつくる」、「人を育てる」、「制度にする」、「足りない制度を乗り越える」などの展開の過程を学ぶことができ、次の時代を切り拓くヒントがたくさんあります。各地の経験交流を通して学び合うことがとても大事です。また、地域の自主的な活動を支援するため、住民活動などを支えるコーディネーターを育成し、その力量をアップすることがとても大事になります。そうした多くの力で、地域住民の気づきや関心から、地域に共通の理解をひろげ、継続性・安定性を持ちながら具体的な行動として継続できるようになるのだろうと思います。そして、地域住民の気づきや関心を共有したり、地域内に共通の理解としてひろげ、課題の解決に向けた具体的な行動まで導いていく際には、専門職が施設・事業所の外でも力を発揮していくところだろうと思います。

 

「住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続ける」ことができる地域づくり。要支援高齢者も家族介護者も、障がい者も生活困窮やひとり親世帯も、誰もが「地域住民の一員として」日常生活を営める住みよい「まちづくり」。そして、さまざまな社会的な活動に参加できるようにする「まちづくり」。これらの推進とその実現にすすむために大事なところは、地域の課題解決力を高める「気づき、関心をもつ」視点ではないでしょうか。

 

プロフィール

  • 太田 貞司さん
    京都女子大学家政学部教授
    神奈川県立保健福祉大学名誉教授
    一般社団法人認定介護福士認証・認定機構 副理事長
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京都女子大学家政学部 教授 太田 貞司さん
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