(社福)親和福祉会 特別養護老人ホーム「小松原園」相談支援室室長 川津 明弘さん
あらまし
- 地域包括ケアシステムの中で、特別養護老人ホームがどのような役割を果たせるのか。八王子市にある社会福祉法人親和福祉会では、地元小学校と共同企画で介護体験塾を提供する取組みをはじめています。地域の中での理解者を増やし、高齢者が安心して生活を送るための一助となることをめざしています。
「小松の杜の介護体験塾」と名づけられたこの体験塾は、社会福祉法人親和福祉会 特別養護老人ホーム「小松原園」(以下、小松原園)の声掛けにより、平成28年2月に初めて開催されました。小松原園相談支援室室長の川津明弘さんが、高齢者や高齢者施設を身近に感じ、将来介護の仕事に興味をもってもらいたいと企画したものです。事前ガイダンスから介護体験塾、その後のポスター発表までを「総合的な学習の時間」の授業4時限分で実施しています。授業のテーマとして福祉や介護を取り入れたいと考えていた八王子市立陶鎔小学校(飯澤公夫校長、全校児童486名)と考えが一致し実現しました。
介護をしている人ってどんな人?
6月末に実施した事前ガイダンスでは、川津さんが小学校を訪問し体験塾に参加する小学4年生の各クラスで映像を用いた説明を行いました。川津さんが質問するたびに沢山の手が上がり、大きな声で意見が行き交います。
川津:
介護をしている人ってどんなことをしている人だろう?
児童:
「病気の人を看病する人!」、「車椅子を押す人!」、「病気の人につき添ってあげる人!」
川津:
昔は「众護」と書きました。家や地域の中で「人」と「人」が支え合っている様子を表しています。介護が必要な人の傍に寄り添って、ともに生きることが”介護のしごと“です。生活している方のことは「患者さん」ではなくて「利用者さん」と呼んでいます。特別養護老人ホームは利用者さんの生活の場です。
ガイダンスの最後に、川津さんは「いま小松原園に入りたくても入れずに待っている人は約1千700人もいます。近所にいるおじいちゃんやおばあちゃんを、みんなで協力して助けてあげてほしい」と児童にお願いしました。
小学校での事前ガイダンスの様子
小松原園の川津さんが教壇に立ちます
地域ぐるみで理解者を増やす
体験塾実施にあたっては、小松原園が地域包括支援センターや介護保険事業所等にも協力を依頼しました。どの事業者からも「ぜひ一緒にやりたい」と快諾いただきました。
事前ガイダンスを実施した4日後、関係者が小松原園に集まり、ともに陶鎔小学校4年生85人を迎えました。認知症サポーター養成講座と福祉用具体験を2時限分の時間で提供します。
まず、体験の1時限目は、八王子市高齢者あんしん相談センター川口(地域包括支援センター)副主任の栗山尚巳さんが、認知症について説明しました。「認知症は物忘れの病気です。皆さんの住んでいる犬目町や楢原町でも最近増えてきていて、約450人位います。みなさんの学校の全校生徒とちょうど同じくらいの人数です」と栗山さんが説明すると、「え~!?」と大きな驚きの声があがります。認知症について映像で説明したのち、小学校の先生と地域包括支援センター職員による寸劇が披露されました。
一つ目の劇「おばあちゃんおなかがすく?の巻」では、ご飯を食べたばかりなのに、「ご飯はまだ?」と聞きに来るおばあちゃんへの対応について、二つ目の劇「おばあちゃん、道に迷うの巻」では、散歩にでかけたまま帰り道が分からなくなってしまった様子を演じました。劇の後に栗山さんは、「認知症の方には、安心させてあげることが大切です。気持ちがわかってもらえたと思えるような声のかけ方をしましょう」と児童へ説明しました。
また、『徘徊』についての説明の中で、「元気だと遠くまで移動もでき、でかけたまま行方不明になってしまう方もいます」と説明し、「もし、町の中で不安そうに歩いている人がいたら『どうしましたか?』と聞いてみてください」と児童に伝えました。そして最後に、「皆さんの町には、高齢者に優しいところがあり、手伝ってくれる人がいっぱいいます」と、一緒に体験塾に参加した養護老人ホーム竹の里(社会福祉法人多摩養育園)、デイサービスまめまめ(有限会社 サポートスタッフほほえみ)、福祉用具レンタル事業所のフランスベッド株式会社、株式会社ケイアイの職員を紹介しました。
小学校の先生(左)と包括職員(右)による寸劇
福祉用具を体験してみる
体験2時限目には、「介護食食事介助体験」「車いす体験」「介護ベット体験」「介護車両体験」の4つのグループに分かれた体験の時間が設けられました。介護食体験では、アイマスクをした人にゼリーを食べさせてあげる体験をしました。介助される児童からは、「スプーンにどのくらい乗っているかわからない」、「見えないからうまく食べられない」などの感想がありました。また、介助する児童からは、「お母さんが介護のしごとをしているんだ」、「8歳下の弟がいて、食べさせてあげたことあるよ」などの会話も聞かれまこの日のプログラムが終了した後、クラス全員分のオレンジリング(*)が高齢者あんしん相談センター川口から先生に手渡されました。参加したデイサービスまめまめ社長の矢島清子さんは、「特養や包括がこのように声をかけてくださるのはとてもありがたい。介護のしごとについて知ってもらうよい機会になった」と話しました。また、高齢者あんしん相談センター川口センター長の中川誠子さんは、「今後、町内の全学校を対象にできるように、この取組みを拡げていきたい。体験した子どもが家で話をする中で、保護者や祖父母が地域内の相談できる場所を知る機会になるかもしれない。また、地域内の関係事業所ともつながりを深め、地域包括ケアにつなげていければ」と話しました。
*オレンジリング 「認知症サポーター養成講座」を受けた人の「認知症サポーター」目印。正しい知識と理解を持ち、地域や職域でできる範囲での手助けをする人。
アイマスクをつけての介護食体験 車いす体験
介護ベット体験 介護車両体験
地域の中で伝えていく
介護体験塾を実現するまでには約1年半近くかかりました。法人の事業計画の方針に合致してはいましたが、「なぜ今やるのか」などの意見も一部の職員からありました。しかし、具体的にすすめていくことで、法人内の各部署間の絆が深まり、職員にとっては、自分たちの仕事のやりがいや誇りを再認識する機会にもなりました。実施にあたっては、小松原園から企画を持ち掛け、学校側とも交渉を重ねました。事前に法人内で検討した提供できる内容を提示し、担任の先生方などに説明をしました。そして、その中から選んでいただく形で、最終的なプログラムを作成しました。プログラムの打ち合わせだけでも、数か月かかりました。
川津さんは、「学校や施設、地域の事業者が、高齢者福祉と学校教育は切っても切れない関係なんだということを理解して欲しい」と言います。そして、この取組みが、地域や市内のいたるところで実践するきっかけとなることを期待し、「今後も継続的に実施し、近い将来、この体験塾に参加した児童が介護のしごとに就いて、今度はその児童が自分達の勤務する地域の子ども達に介護のしごとなどを伝えていくことで、高齢者がもっと安心して地域で暮らすことができてくると思う。新しい側面の地域包括ケアのスタイルとして確立したい」と話します。
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