あらまし
- 生活に直結する福祉ニーズは増大し続けていますが、福祉分野の人材確保難は大変深刻な状況が続いています。状況の改善に向けては多面的な政策や取組みがより一層必要ですが、この課題に現に直面する法人や事業所では、未経験者などの多様な人材の確保に向けたアプローチや、育成・定着のためのさまざまな取組み、工夫を行っています。本紙では10月号から、こうした福祉人材(※1)に関する取組みや工夫を取り上げ、連載します。連載開始に先立ち、今号では、現状と課題、また本会「東京都福祉人材センター」の各部署で行う関連事業をご紹介します。
- (※1)ここでは、各種統計では別に分類されていたり、それぞれの施策が展開されていることも多い「福祉・介護・保育人材」を総称して、「福祉人材」という。
東京における福祉分野での人材不足の状況
少子高齢化と人口減少を背景に、労働力人口が減少しています。国も「働き方改革」等の政策を打ち出し、法整備をすすめています。令和7年には、「団塊の世代」がすべて75歳以上となり、国民の5分の1が後期高齢者となる「2025年問題」が迫っています。またその先には、人口減少と高齢化が一層すすむとともに、「団塊ジュニア世代」が65歳となり、高齢者人口が約4千万人と、ピークを迎える「2040年問題」もあります。この大きな社会の変化により、国として、さまざまな課題に直面することが予測されています。
全国的に見ても東京では、産業を問わず、人材不足が大きな問題となっています。特に福祉分野では人材確保難の状況が続いています。平成30年度の東京における有効求人倍率は、全体(全業種)で2・13ですが、福祉分野(介護関連や保育士など)では5・21と大変高くなっており、深刻な状況です(※2)。
有効求人倍率の推移
(※2)有効求人倍率の推移(平成25~30年度)。それぞれ、以下より引用。
全体統計:厚生労働省が発表する職業安定業務統計(一般とパートの計、年度平均での実数値)
福祉に関する統計:中央福祉人材センター統計(一般とパートの計、年度平均での実数値)
今後、東京ではさらに、高齢者人口と、その中でケアを必要とする後期高齢者の大幅な増加が予測されています。一方で、共働き世帯の増加による保育ニーズの増大などもあります。都民のセーフティネットとして、福祉サービスの必要性が高まっており、ますます多くの福祉人材が期待されることが明らかです。加えて、多様なニーズに対応するための福祉施設・事業所の開設がすすんでいますが、これがさらに各施設・事業所の人材不足に拍車をかけている側面もあります。その深刻さは、現在働いている職員への負担を増やし、さらに利用者サービスの質の確保に影響を及ぼしかねません。
このような状況の改善、解消に向けては、社会的、政策的にもさまざまな取組みが求められるところです。東社協地域福祉推進委員会においては、ここ数年、委員会提言の一つとして、人材に関する施策提言を行ってきています。今年度の「提言2019」でも、福祉の仕事が選ばれるために今後さらに強化・拡充が求められると考えられる点を中心に、東京都や区市町村へ、また、法人や事業所、協議会組織にも提言を行いました。
こうした中で、課題にまさに直面している都内の多くの法人・事業所では、従来からの、大学や養成校等で福祉を学ぶ新卒学生を対象とした求人活動だけでなく、未経験者や主婦層、高齢者、外国人など、多様な人材の確保に向けたアプローチや、育成・定着のためのさまざまな取組みや工夫を行っています。東社協の各業種別部会においても、取組み事例を共有する場を持ったり、その業種特有の課題に対応するための検討や活動をすすめている例もあります。
また、東京都福祉人材センターの三部署を中心に、福祉の仕事のイメージアップや魅力を伝える取組み、福祉分野で働く多様な人材の確保・育成・定着に関する事業を東京都からの委託・補助事業、または本会自主事業として実施しています。今回は、それぞれの部署で実施している事業の一部をご紹介します。
東京都福祉人材センターでの取組み
【1「人材情報室」の取組み】
”福祉の職場で働きたい”を応援します!
東京都福祉人材センターの人材情報室は、福祉の仕事に就きたい人と、働き手を確保したい社会福祉事業者をつなぐセンターとしてさまざまな事業を展開しており、いわゆる「福祉のハローワーク」と言えます。
無料職業紹介事業として常時2千500件から3千件程度の求人を扱っており、福祉業界に詳しい職員が相談に応じます。来所者の中には福祉のことを全く知らない方も多く、相談員は、その方が福祉職場にどのようなイメージや希望を持っているかなどを聞きとりながら、インターネットで閲覧できる「福祉のお仕事」の求人サイトやハローワーク求人等も活用し、希望に合った職場を来所者と一緒に探します。
未経験者対象の職場体験と資格取得支援事業
また、福祉職場未経験の方を対象に、福祉に関する入門セミナーや職場体験事業等を実施しています。特に高齢分野、保育分野(*保育は高校生のみ対象)で実施している職場体験事業の参加者は、年々増加傾向にあります(平成30年度参加者=高齢分野894名、保育分野638名)。実際に、高齢者施設での職場体験に参加した方からは、「入所者のためにさまざまな工夫をしていて、大変勉強になった」「次(仕事)に活かしたい」といった感想が寄せられており、福祉職場で働くための「はじめの一歩」となっています。
職場体験後に受講可能となる「資格取得支援事業」では、介護現場の基礎的な資格である「初任者研修資格」を無料で取得することができます。研修修了後は本センターのキャリアカウンセラーによる就職斡旋、相談も受けられ、平成30年度は650名の受講申込みがありました。体験、資格取得をきっかけに介護現場に就職する方もいました。
また、高齢者施設において最大6か月の有期雇用スタッフとして働きながら、就業時間内に初任者研修等の資格取得ができる「介護職員就業促進事業」も実施しています。前出の2事業も含めて、福祉未経験の方が新たに福祉の職場に就くきっかけとなっています。
「介護職場体験」ポスター
外国人材等も含めた「新たな層」を福祉職場へ
ほかにも、センターでは介護福祉士・社会福祉士養成施設に在学する方を対象に、無利子で修学資金の貸付を行い、卒業(資格取得)後に都内で介護業務等に継続して従事することで返還免除となる制度も実施しています。
近年、介護福祉士養成施設では外国人留学生が増えており、本貸付事業も外国人留学生からの申込みが増加傾向にあります。
次の仕事先として新たに福祉分野に興味を持つ40、50歳代の方からの相談も増えており、外国人材も含め、こうした福祉分野未経験の”新たな層”を、いかにスムーズに福祉職場につなげ、定着を図っていけるかが、人材確保において重要なポイントとなっています。
東京都福祉人材センター キャラクター「フクシロウ」
※ご紹介した事業の利用にはさまざまな要件があります。詳細は東京都福祉人材センターホームページ(「フクシロウ」で検索)でご確認下さい。
【2 「人材対策推進室」の取組み】
人材対策推進室では、福祉人材の確保・育成・定着を目的として、さまざまな層を対象とした事業を行っています。
主な事業として、東京都福祉人材対策推進機構の運営、福祉職場に関する情報の発信を目的とした福祉人材情報バンクシステム「ふくむすび」の運用、福祉人材の定着を目的とした「事業者支援コーディネーター派遣事業」、未経験者や無資格者を対象とした「福祉の職場体感見学ツアー」などがありますが、ここでは次世代への普及啓発等を目的とした事業についてご紹介します。
次世代の福祉の仕事への興味・関心を高める
現在行っている事業には、小学生・中学生・高校生を対象とした「フクシを知ろう!おしごと体験」、中学生・高校生を対象とした「フクシを知ろう!なんでもセミナー」、大学生を対象とした「助成金付インターンシップ」があります。
「フクシを知ろう!おしごと体験」は、夏休みの期間を利用して、小・中・高校生が高齢・障害・児童等各分野の福祉施設の仕事を体験する事業です。昨年度は、小学生12名、中高生138名が参加しました。参加者からは「福祉の仕事をしている人が支えているから、おじいちゃん・おばあちゃんはみんな楽しそうな顔をしていた(小学生)」という感想や、福祉の仕事について「長時間労働できついというイメージがあったが、とてもあたたかくなごやかで、休憩もとれたりすると聞いて、見方が変わった(高校生)」という感想があり、参加したことで福祉の仕事のイメージが変わったという声が寄せられています。
「フクシを知ろう!なんでもセミナー」は、福祉の仕事への興味・関心を高めるため、中学校・高校の家庭科やキャリア教育等の授業で福祉の仕事についてのオーダーメイド型のセミナーを行う事業です。学校からの要望に応じ、人材対策推進室の職員が福祉全般の話をしたり、外部の講師をお招きして、福祉職場の現場でのお話をしていただくなどし、昨年度は31校98コマの授業で、3千670人を超える生徒が受講しました。このセミナーも、受講後のアンケートで8割以上の生徒から「福祉に対するイメージによい変化があった」との回答を得ています。
「フクシを知ろう!なんでもセミナー」
「助成金付インターンシップ」は、福祉を専門に学んでいない大学生が福祉職場のインターンシップを経験することにより、福祉の仕事や福祉業界への理解を深めることを目的としています。大学のキャリアセンター等を通じて広報を行い、昨年度は夏休み、春休みの期間を通じて225名の大学生が参加しました。参加後のアンケートでは、「福祉職場の現状を理解できた」、「職業選択の参考となった」、「福祉職場に関心を持つきっかけとなった」という項目に多くの学生が「該当する」と回答しました。また、過去のインターンシップ参加者から福祉職場へ就職した人も出てきています。
どの事業も参加者からは高い評価を得ています。今後も、小学生から大学生までの対象者の特性を踏まえた体験プログラム等を企画・実施し、福祉の仕事の理解促進を図り、興味・関心を高めていきたいと考えています。
「助成金付インターンシップ事業」
【3「研修室」の取組み】
研修室では、福祉サービス利用者に対して最善のサービスを提供することを目的に、福祉施設・事業所の「職員の成長と組織の発展」を目指して各種の研修を企画・実施しています。
初めて福祉の仕事に携わった職員からは「利用者と信頼関係が築けているのだろうか」「自分の経験不足で十分な支援ができていないのでは」「言葉が利用者にどこまで伝わっているのかわからない」というような不安や戸惑いの声が多く聞かれます。研修室ではこれらの声を受け、社会福祉の基礎を学んだことのない新卒者や、他分野からの転職者などを対象とした「はじめて社会福祉を学ぶ福祉職員のためのスタートアップ研修」を実施しています。
実践現場におけるジレンマと向き合う
「スタートアップ研修」では、自身が持つ不安や戸惑いをグループワークで共有した後に解決策や解消法などを考えます。講師を務める駒澤大学文学部社会学科教授の川上富雄さんは「不安を一人で抱え込まずに相談すること。また、不安を少しでも軽減するためには知識の習得が大切」とアドバイスします。
現場で倫理や価値観等、様々なジレンマと直面している参加者は、事例や演習、講義を通して利用者の権利擁護や自己決定、秘密保持の視点から支援をどのように具現化していくかを考えます。参加者からは「皆が同じような悩みを抱えていることがわかり安心した」「長く働き続けていきたいと思う」などの声が聞かれました。
研修室では今後も事業所のニーズに即した研修を実施し、多様な人材の育成を図ります。
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次号からは、施設・事業所等の「多様な層」の確保・育成・定着に向けた取組みや工夫を「連載コーナー」にて、ご紹介します。
https://www.tcsw.tvac.or.jp/jinzai/