日蓮宗妙善寺 的場德雅さん
つながりを生むお寺でありたい
掲載日:2020年5月1日
2020年4月号 くらし今ひと

あらまし

  • 人がつながる催しを行う、六本木ヒルズのほど近くにある日蓮宗妙善寺の住職、的場德雅さん(38歳)に地域への思いや今後の展望をお話しいただきました。

 

 

「生きている方のため」のお寺

代々続く寺の一人息子として、ここ港区の麻布で生まれ育ちました。実は港区にはお寺がコンビニよりも多く、約300山あります。これは、大使館が多くあり海外からの賓客や、歴史的には参勤交代にお供する方の宿泊先としてお寺が使われてきたことと関係しています。当山はかつて紀州藩の宿所として囲碁の会等が催され、「麻布の囲碁寺」と親しまれたそうです。港区のお寺には、「亡くなった方の供養の場」という面だけでなく、文化、教育など今でいう〝サードプレイス〟のような、「生きている方のための場」という役割が色濃くあったのです。
 
今も現役の僧侶である父は、長年多くの人を寺で受け入れていました。外国人留学生や、仏教系大学に通う「お兄さん」たちが住み込みで修業をしており、彼らに音楽や漫画等を教わり、影響を受けて幼少期を過ごしました。
 
檀家さんから「外の社会を見た方がいい」という助言もあり、プレーヤー志向だったので、大学卒業後はお笑い芸人として3年ほど活動しました。ある時、ケーブルテレビに出演したところ、「若住職がこんなことをしている」と別の檀家さんに発見されお叱りをいただき、家族会議の結果、僧侶をめざすことになりました。4年間の修業を終え寺に戻り、父から住職を引き継いでいます。
 

お寺を表現やイベントの場に

芸人の経験を通して、日本、特に東京では、若い表現者が練習や公演のために無料や低額で使える場がほぼないことを知りました。寺を継いだら若い人に場を貸したいと思い至ると、寺の来歴や、父の行動が心から納得できました。
 
同時期に持ち込まれた2つの話が、実際に一歩踏み出すきっかけです。一つは東日本大震災を契機にひきこもりを脱した元カメラマンが、被災地を撮った写真の展示場所を探しているという話です。もう一つは、バーで偶然出会った海外の3人組ミュージシャンからの、コンサート会場として寺を貸してほしいという話でした。若い表現者に場を貸すこと自体がボランティアだと気づき、以来、音楽やお笑いのライブ、婚活イベントなど、お寺を会場に多くの楽しいイベントを実施してきました。
 

地域を想う仲間との出会い

ところが数年経つと、遠方から来る若者たちとはその場限りで関係が終わることが気になり始めました。用事がなくてもお寺に来てくれる人を増やしたいとの思いでしたが、麻布地域には何のつながりも広がりも生まないままでした。
 
限界を感じていた平成29年、民生児童委員をしていた母から、港区社協が行うボランティア講座「パワーアップ塾」を紹介され、状況を変えたくて参加してみました。
 
約半年で多くの学びがありましたが、中でも、麻布地域に住む多世代の受講生とまち歩きをしたことは大きな経験でした。同じ地域で生活する者同士、年齢を超えて自分たちのまちについて話しました。遠方の若者達との関係とは違う、新しく心地よい友人関係が生まれました。これがきっかけで、港区の課題の中にもお寺が解決できることがあるかもしれない、とより地域目線に考えが変わり、やりたいことが広がっていきました。
 
現在は、住む人も働く人も「地域の仲間」としてつながるよう、単発イベントよりも、写経や書道、ヨガなどの定期的なお稽古や仲間同士での講座等を増やしています。また、オレンジカフェへの場の提供や夏祭りなど、地元色の強い催しにも力を入れています。
 
今後は、コワーキングスペースとして一人で働く人同士をつなぐことを考えています。また、自分の子どもに地元が大好きになってほしいという願いから、野菜を植えて保育園児と一緒に収穫し調理することや、寺子屋、子ども食堂の実施など、夢が広がっています。
この12月からは、民生児童委員にもなり、より深く地域を知るようになりました。また港区社協の紹介で、同じような思いをもつ区内のお寺とも緩やかにつながり始めています。今後もいろいろな人とつながり、港区のお寺って面白いね、と言われるような活動をしていきたいと思っています。
取材先
名称
日蓮宗妙善寺 的場德雅さん
概要
日蓮宗妙善寺
https://www.myozenji.or.jp/
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