あらまし
- 令和3年3月、内閣府は成人女性の約4人に1人は配偶者から、約6人に1人は交際相手から暴力被害の経験があると報告しました(※1)。また、警察庁は令和2年に全国の警察が把握したドメスティック・バイオレンス(以下、DV)の相談件数が82,643件と、DV防止法(※2)施行後最多を更新したと発表しました(※3)。
- 新型コロナの感染拡大や感染防止対策の影響による在宅時間の増加は、DV被害を増加、深刻化させるといわれています。これに対し、内閣府は令和2年4月に「DV相談+(プラス)」(※4)を緊急的に開始するなどの対策をすすめています。
- 今号では、DV被害者への支援に携わる団体の事例から支援の現状と課題についてお伝えします。
- (※1) 内閣府 令和3年3月『男女間における暴力に関する調査報告書』
(※2) 正式名称は「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」
(※3) 警察庁 令和3年3月「令和2年におけるストーカー事案及び配偶者からの暴力事案等への対応状況について」
(※4) 24時間の電話相談や、多言語対応のSNS、メール相談、同行支援や緊急保護等の支援を総合的に提供するために緊急的に開始したDV相談事業
地域で質の高いDV被害者支援を実現するために~NPO法人全国女性シェルターネット
全国女性シェルターネット(以下、シェルターネット)は、DVサポートシェルター等を運営する民間団体の全国ネットワーク組織です。現在、60の加盟団体が国内外のネットワークをつなぎ、DVや性暴力被害者のための緊急避難・回復支援施設の運営をはじめ、女性に対する暴力の根絶をめざすための意識啓発活動や、調査・政策提言活動等を行っています。
コロナ禍におけるDVや虐待防止対策を国に要望
新型コロナの感染拡大がすすみ始めた令和2年3月末、シェルターネットは、DV被害者からの相談の増加を予測し「支援団体の電話相談回線の増設」、「避難を求める人への迅速な一時保護体制の整備」、「世帯主に支給される特別定額給付金の柔軟な給付対応」等を求める要望書を国に提出しました。シェルターネットの共同代表で、広島大学ハラスメント相談室准教授の北仲千里さんは「これまでの経験から、災害などの非常時にはDVや虐待が深刻化する傾向にあった。新型コロナの影響による経済状況の悪化や自宅待機等により、DVや児童虐待が増加することが懸念された」と振り返ります。
この要望等を受け、国は「DV相談+」を開設しました。また、配偶者等からの暴力等を理由に避難している方で、住民票を移すことができない方が所定の手続きにより、特別定額給付金を受け取ることができる措置を講じました。
北仲さんは「DV被害により避難している方に直接特別定額給付金が支給されるようになったのは大きな動きだった。また、『DV相談+』には新型コロナが流行する以前からあったDVに関する相談も多く寄せられており、改めて現在起こっている切実な被害が明らかとなった」と話します。
広島大学ハラスメント相談室准教授
全国女性シェルターネット共同代表
北仲千里さん
社会問題の悪化がDV被害の深刻化に影響
コロナ禍におけるDV相談の傾向として「新型コロナへの不安から精神的不安に陥り、相談に行けなくなる」、「在宅勤務や失業等でパートナーの在宅時間が増え、面談や電話での相談ができなくなった」などのケースが目立つようになったといいます。北仲さんは「初回から緊急性の高い相談が多く、これまで以上に迅速な対応が求められるようになった。新型コロナの影響による失業や減収、就職難は被害者の被害防止や自立への大きな障壁となっている。家から逃げ出せたとしても働く目途がつかず、貧困に陥ってしまう状況。社会問題の悪化が、DVの被害を深刻化させている」と危機感を示します。
また、パートナー等からSNSを通じて性的な画像・動画を要求されたり、同意なく拡散されるといった「デジタル性暴力」に関する相談が急増しています。北仲さんは「デジタル性暴力に対処できる法律が現状はなく、拡散された画像を抹消するには、デジタル系の専門的なノウハウが必要となる。今までとは異なった対応が求められている」と話します。
新型コロナの感染が拡大して以降、SNSやメールによる相談窓口の開設が全国各地ですすめられています。SNSやメールでの相談は、匿名性が高く、気軽に相談できる一方で、相談者の回答を待つタイムラグが生じるため、緊急度を即座に読み取ることが難しいという特徴があります。北仲さんは「面談、電話、SNS、メールの順に円滑なコミュニケーションが難しくなる。また、電話やSNS、メール相談窓口を開設している団体が面談機能を持っていない場合、傾聴や助言、関係機関の紹介にとどまり、直接支援に発展しづらいという課題がある」と話します。
専門性を持って対応できる人材の育成
深刻化するDV被害に対応するため、北仲さんは「地域で支援するしくみの構築と、人材育成は急務」と強調します。被害に迅速に対応するためには、入口の相談から支援、その後のサポートまでを身近な地域で一貫して行えるしくみが必要といいます。また、シェルターネットでは、3年8月に一般社団法人ジェンダーベイスト・バイオレンス専門支援員養成センターを立ち上げ、DV被害者への支援を行う相談員の育成カリキュラムを考案しています。北仲さんは「カリキュラムの実施を通して相談員の知識を高め、専門性を持って困難なケースに対応できる人材を育成したい」と語ります。
DV相談のアウトリーチ化と理解促進をめざして~NPO法人女性ネットSaya-Saya~
女性ネットSaya-Saya(以下、Saya-Saya)は、DV被害にあった女性や子どもたちの安全な生活と心の回復をめざし、社会とのつながりづくりと就労を支援する活動を行っており、DV被害者等のニーズに合わせたさまざまなプログラム展開を強みとしています。
コロナ禍における相談の入口とその後の支援
Saya-Sayaでは、2年3月頃から電話相談の件数が急激に減少しました。代表理事の松本和子さんは「コロナ禍の影響によりパートナー等が在宅で過ごす時間が増え、家庭内から電話相談ができなくなった背景がある」と話します。同年4月からは、電話相談ができる時間の枠を増やしたほか、もともと行っていた思春期対象のLINE相談に加えるかたちでDV被害者専用のLINE相談を始めるなど、相談の入口を拡大しました。松本さんは「これまで声をあげられなかったDV被害者も多くいる。LINE相談はそのような方々が気軽に相談することができる大きな入口になった」と言います。
相談の入口が広がった一方で、民間シェルターを利用できる枠には限りがあり、支援につなげられないDV被害者も多い現状があります。松本さんは「コロナ禍で、避難したくてもできない人がたくさんいる。声をあげられるツールが増えたことは事実だが、相談した先の支援の確立はまだまだ困難であり今後の課題」と話します。
女性ネットSaya-Saya代表理事 松本和子さん
地域の隣人として寄り添うアウトリーチ
Saya-Sayaでは、平成31年1月から子育て交流広場を拠点としながら「家庭訪問型子育て支援・ホームスタート事業(※5)」を実施しています。元年度には都内の子ども家庭支援センターから委託を受け、要支援家庭に訪問員を派遣する事業も実施しました。また、2年度からは都内の児童相談所から委託を受け、女性支援やDV被害者支援の相談員を派遣し、DVの疑いがある家庭へ訪問するアウトリーチの取組みを始めました。
松本さんは「アウトリーチを通して声をあげられずに悩んでいる被害者が地域の中にまだたくさんいることを実感した。加害者の下を離れても、コロナ禍の影響による経済状況の悪化で、誰にも相談できずに孤立化する女性も大勢いる」と話します。続けて「コロナ禍だからこそ、地域の中で被害者の声に気づき、耳を傾けられる人が必要。理想は〝地域の隣人〟のように、対等な関係で被害者の気持ちに寄り添える存在」と語ります。
(※5) 研修を受けた地域の子育て経験者が週に1回2時間程度家庭を訪問する子育て支援ボランティア事業
DVの理解と認識を深める地域社会に
DV被害者等への一時的な避難場所の提供等の支援を行っている、全国の社会福祉法人施設を対象に内閣府が行った調査(※6)では、DV被害者支援を行う上での課題として『ノウハウ不足』と回答した施設が約3割を占めています。
松本さんは「専門的な知識がないとDV被害者への支援は難しい部分がある。社会福祉法人がDVに関心を持っていただき理解の促進に取組んでくれると大きな力になる」と話します。
「地域社会の中でもDVの認識はほとんどされておらず、DVの理解もまだまだ広がっていない。被害に合わないようにしましょうというメッセージではなく、加害行動をしないようにしましょうというメッセージが地域社会には必要」と松本さんは語ります。
(※6) 内閣府 令和3年3月『社会福祉法人におけるDV被害者等への一時的な避難場所の提供等の支援に関する事例調査報告書』
https://nwsnet.or.jp/ja/
NPO法人女性ネットSaya-Saya
https://saya-saya.net/