あらまし
- 東京都では、2018年から障害者支援施設等支援力育成派遣事業を開始しています。これは、利用者の高齢・重度化や強度行動障害等への対応を行っている知的障害者施設等へ専門職等を派遣し、個別メニューの作成支援や技術指導を行うことにより、支援力向上をねらいとしています。
- 今号では、派遣される支援チームメンバーと派遣受入れ施設の声から、知的障害者施設における現状とニーズを探ります。
高齢・重度化によりいま施設に求められること
知的障害がベースにあるため、一般的な介護の対応だけではなく、高齢・重度化、強度行動障害などの利用者の特性に応じた支援を行う必要があり、専門的な支援スキルの獲得や支援内容・体制の見直し、環境整備をはじめ多くのことが施設には求められます。
こうした背景から、東京都は2018年度より「障害者支援施設等支援力育成派遣事業」(以下、派遣事業)をモデル事業として開始しました。21年度からは本事業として東社協が受託しています。先駆的に高齢・重度化に対応してきた施設の専門職(支援員・PT・ST(※1)等の多職種)を支援チームとして派遣し、派遣先施設の課題把握からノウハウの提供と実践、そして効果検証までを約1年かけて行います。月1回程度の限られた訪問の中、施設の支援力強化を図ることがめざされています。
多職種で連携し、高齢・重度化に対応することが重要~支援チームの視点から~
派遣事業の設立から中心的に関わっている社会福祉法人滝乃川学園常務理事の高瀬祐二さん、STとして支援チームに関わっている社会福祉法人つるかわ学園の鴫原雅典さん、PTの黒川恵さんに支援チームの視点から知的障害者施設での高齢・重度化の現状やそれに対して必要な視点等について、お聞きしました。
事業実施の経緯
滝乃川学園では、約20年前、一部の棟の利用者の年齢が60歳を超えました。転倒による骨折事故や誤嚥性肺炎、腸閉塞(イレウス)等、さまざまな問題が出るようになりました。当時は職員の対応スキルや知識も少なく、対応が困難だったといいます。「重度心身障害者施設へ職員を派遣して身体介護の技術を教えてもらったり、PTを非常勤で採用したり、設備を改修したりするなどして工夫した。利用者の高齢化は特に都外施設でもすすんでおり、同様に職員の苦労や事故も多くなっていると聞いた」と話します。
同じ頃、高瀬さんは東社協知的発達障害部会(以下、知的部会)入所施設代表幹事を務めていたこともあり、東京都と現状の課題を話し合う機会がありました。そこで「知的障害者入所施設にとって高齢・重度化は今後大きなテーマになる」と共通認識を持ちました。
そして、16年、東京都から先駆的に高齢・重度化に対応していた滝乃川学園に提案があり、同様の取組みをしている他の施設も含めて、課題を感じている施設から支援員を受け入れて育成・研修する事業が始まりました。
この事業を続けて2年。中核となる支援員を1か月ほど派遣することは難しいとの声が派遣元の施設からあがり、先駆的に取り組んでいる施設から課題を抱える施設に職員を派遣する形に変え、現在の事業の形に至ります。
支援チームの中心を担う高瀬さんは「東日本大震災の直後、知的部会から応援派遣を行った際、現地でコーディネーターを担っていた。それは、一つひとつの施設が協力しあって何かを解決することに意義を感じた経験だった。その時さまざまな施設や専門職の方とお会いし、各施設の課題を聞くことがあった。何かを解決するには施設同士が課題を共有することが有効ではないかと思い、この事業につながった」と高瀬さんは話します。
支援チームの実際
これまでの事業の経験をふまえ、受入れ施設が課題を設定し取り組むことに対し、支援チームがアドバイスを行うサイクルになっています。
支援チームは最初複数人で訪問し、以降は一人または少人数で訪問し、支援していきます。各自がタブレットを持ち、訪問記録をはじめとした情報共有ができるようにしています。支援チームに参加する人はそれぞれ所属施設が異なるため、1~2か月に1回程度会議を設けています。そこでは、支援の中で感じる違和感やアプローチの方法等、大きな方向性を話し合います。黒川さんは「所属が異なるということはなかなか会えないというデメリットもあるが、新しいアイディアや考え方をもらえるメリットもある」と言います。
支援チームが派遣先施設で支援する際、大事にしている点がいくつかあります。
一つはその施設の課題抽出です。外部の視点から見る課題と施設側が困っている課題が異なる場合があります。施設自身が『困っている』と感じることでないと自分ごとになりにくいため、丁寧に課題の整理を行います。
二つ目に、施設と共に持続可能な対応を考えることです。「施設の負担が増えることは定着しない。例えば移動する際は『エレベーターではなく、階段を使ってみようか』等、いつもの流れの中でついでにできることを支援員とコミュニケーションを取りながら提案している」と黒川さんは話します。『ついでに』という意識は、黒川さんの過去の経験からもたらされています。以前、黒川さんが勤務していた滝乃川学園では、当初1対1でリハビリを提供していました。しかし、利用者の変化が少ないことに気づきました。そこで、個別のリハビリプログラムを作成し、生活介護の時間に支援員が行う等、日常生活の中にリハビリの要素を盛り込んでいくように方向を変えました。支援員の間にもリハビリの意識が浸透するなど、少しずつ効果が出ました。
三つ目に、多職種での連携です。これまで知的障害分野では、自施設で完結できることも多く、多職種連携がすすまない状況でした。また、福祉用具業者とつながっていないことも多く、本人に合わない車いすを使っている場合もあります。身体介護の経験がない職員の中には、腰を痛めながら介護している状況もあります。この状況を施設だけが抱えて解決することはできません。医療機関や看護師、栄養士、PTやST等の専門職といった外部の資源を活用することが大事になります。そのため、支援チームでは、外部資源の活用の仕方も伝えています。
特に障害者施設のPT、STは1対1でリハビリを行うのではなく、リハビリメニューをつくってそれが現場で使えるか、リハビリという概念をどう利用者支援の中に活かせるか、そのコーディネートをする役割が大きくなります。「専門職の需要が新たに必要になってきたため、探すのが大変なほど知的障害分野に関わっているPT、STの方が少ない。これからは一緒に仕事をするチームをつくり出していくことが重要。専門職の方がいることで支援に根拠や厚みができる。医療分野との連携、協力は今後重要かつ有効になるだろう」と話します。
支援チームが大事にしていること
支援チームとして施設に入る中で、鴫原さんは「各施設に合った答えを探すことを大事にしている。専門職として入るとこちらが答えを与える関係という風に捉えられやすいが、上下関係にならないように気をつけている。また、課題があって訪問するが、外から見える良い点も併せて伝えるようにしている。私たちが伝えたことがすぐに伝わらなくても、一人の職員に響いたり、数年後思い出して変わったりすると良いと思う。そのために支援に入った際には、多くの職員と話すようにしている」と話します。
また、支援チーム自身にも良い影響があったと言います。「支援を通して、特に自施設の良い点を認識することができた。もちろん課題も見えてきたが、自施設の強みを他の職員に共有できたことが良かった」と振り返ります。
黒川さんは「施設が無理のない範囲でできることを一緒に考えることを意識している。どの施設も一生懸命何とかしようとしているが、変えようとすることに対し不安もある。そこを『やっても大丈夫だと思う』『チャレンジしても良いんじゃない?』と背中を押せるような立場で関わっていきたい。そのためには、信頼関係がないと上手く伝わらないので、職員とのコミュニケーションを意識している」と話します。
高齢・重度化する中での支援の大切なこと
高齢・重度化する利用者への支援は、一つを解決すれば結果が出るものではありません。高瀬さんは「施設がいろいろなことに自分たちで気づいて自分たちで解決していかないといけない。これまで知的障害分野ではやったことのない仕事をしなければならない」と語ります。
黒川さんも「高齢・重度化はいろいろな要素が絡み合う。それぞれの職種から知恵を持ち寄って考えることが大事。車いす中心の生活になっても楽しめることがあるし、それを探して提供できるのが私たちの仕事の醍醐味だろう」と話します。
鴫原さんは「施設内外の連携が大事」と言います。外部は医療職、栄養士、PT、STといった専門職等との連携、内部は管理職や中間層、現場の連携です。
また、対応するにあたっての意識も大切です。鴫原さんは「ネガティブな対応になりがちだが、いかに前向きに取り組んでいくかが大事。食事や歯磨きに時間がかかることは必ずしも悪いことではなく、その時間を充実させることで一人ひとりコミュニケーションがとれたり、健康管理ができたりする」と言います。
知的障害者施設の今後を見据えて
「この事業の特徴は、施設の課題に合わせて形を変えられるところ。新たな事業をつくっている感じがして面白い」と高瀬さんは話します。
高齢・重度化すると、話すことや意思疎通が難しくなるため、その利用者の意思決定をどのようにするか困難な課題となります。また、高齢・重度化する利用者へ対応するために施設が活用できる資源が少ないことが課題としてあります。高瀬さんは「活用できる資源、ノウハウを揃え、施設間で共有、協力することで、業界としての進歩があると思う」と話します。
外部を取り入れる大切さ~社会福祉法人渡良瀬会緑ヶ丘育成園(栃木県足利市)
入所者の平均年齢は58歳。昭和43年に開設した緑ヶ丘育成園では利用者の高齢化がすすんでいます。支援チーム受け入れ当時、介護を要する利用者と強度行動障害の利用者が混在する現場では、事故リスクが高まっていました。支援現場のどこに課題があるのかわからない状況にあり、また高齢・重度化の対応について経験やスキルが不足するまま、判断をすることに不安を覚える職員もいました。「施設で利用者の特性に応じた支援を模索し始めたところでモデル事業の話を受けた。まずは施設での取組みを優先してはとの声もあったが、『せっかくだから』と前向きに捉えた」と支援課の吉田紀久さんと前原由実さんは受入れの背景を振り返ります。
高齢支援と強度行動障害支援の2チームで、支援チームと共にまずは課題の洗い出しを実施しました。「思っていたものと違った」との参加職員の声のとおり、初回訪問から施設職員がざっくばらんに意見を出しやすい環境にありました。高齢支援チームでは食事支援、そして強度行動障害支援チームでは日中活動と環境づくりを中心に、約1年、課題把握から取組み検討・実施を繰り返しました。
ひとつのきっかけから生まれるいくつもの変化
「現場職員が自ら考え、形にしていく機会が少なかった。受入れをきっかけに、自分たちで考えていく必要があることに気づけた」と職員の意識変化について吉田さんが挙げるように、支援チームをきっかけに、多くの面で施設に変化が生まれました。ミールラウンド(※2)導入に加え、PT・歯科医も定期的に現場に入っています。専門職との連携は、職員の負担軽減、何より支援の質の向上につながっています。利用者の日中活動(空き缶等を資源に変えるリサイクル活動)を通じて地元の小学校と連携する等、施設外との新たなつながりも生まれています。高齢・重度化への対応の一環として受け入れた支援チームをきっかけに、課題を抱えていた支援現場にとどまらず、会議体制や職員の意識、そして外部との関係までプラスの影響が及びました。
つながることで見えてくること
「何を言われるのだろうと受け入れる側は身構えると思う。色々なアドバイスをもらい、施設の変化を目の当たりにした。身構えることはない」と前原さんは受入れをためらう施設に共感しつつ、外部の視点を取り入れることの有効性を伝えます。課題を抱え行き詰まり感を覚えている時こそ、外部を取り入れることをプラスに捉えることが重要です。「他施設を知ることで、うちだけが抱えることではないという気づきを得ることができる」。吉田さんが受入れを経て「横のつながり」の大切さを強く実感するように、今後高齢・重度化に伴い生じる新たな課題へ取り組む上で、施設間で課題を共有し共感することが、大切な一歩といえます。
PTによるアドバイス(緑ヶ丘育成園)
グループワーク(緑ヶ丘育成園)
変化を受け入れ、変わることの意味を考える~社会福祉法人東京都手をつなぐ育成会 恩方育成園(八王子市)
「職員の視点が外ではなく内に向いていた。新たなことを取り入れたいという意識が施設としてあった」と支援係長の本田友則さんが話すように、恩方育成園の支援チーム受入れには、利用者の高齢・重度化への対応以外に、現状維持の傾向が強い施設に危機感を抱き、意識変化を図ることが目的にありました。全職員で参加し、表面化していた課題ごとにチームに分かれ(STチーム・PTチーム・利用者支援チーム)、支援チームと共にすすめていきました。
専門職、外部機関とのつながり
どのチームにも共通していた課題が専門職との連携や課題の捉え方です。「課題が気づきのままとなり、具体的な取組みに至っていなかった。専門職の知識を根拠に取り組む意識がついた」と主任支援員の門倉志保さんは車いすの利用者を例に、専門職や外部機関との連携を強調します。ある利用者の姿勢の変化について、要因は筋力低下ではなく車いすにあることが、PTや福祉用具業者の視点からわかりました。
職員だけの判断ではなく、専門職の視点を入れることにより、異なる取組みが可能となります。また、対処的ではなく機能維持としての予防的なアプローチや、個人ではなくチームとして課題を捉えることが支援チームをきっかけに園全体に浸透していきました。
変化を受け入れる
施設を取り巻く環境が変化しても施設だけは変わらない。そうした状況は一転し、「変化することに慣れた。3年やればもう古い」との本田さんの言葉どおり、受入れ期間後も施設では変化が継続しています。支援現場へのICT導入や会議体制の見直し、そして、専門職との連携やチームアプローチの継続等、変える視点を持ちながら、恩方育成園は取り組み続けています。
「支援チームは特効薬ではない。施設のしくみづくりのきっかけにすぎない」と現在支援チームに参加している本田さんと門倉さんは、受け入れ施設の『主体性』の重要さを繰り返します。「教えてもらう」のではなく、職員が当事者として取り組むスタンスが、受入れ後も施設が課題へ対応していく上で必要といえます。
他施設を知り、自施設へつなげる
今後の障害者支援に必要なことに、「問題解決を施設内でとどめず、他施設に聞き、専門職を頼る。近道はある」と本田さんは『施設間のつながり』を挙げます。いま高齢・重度化が深刻でない場合も、他施設の取組みを知ることで、後手とならず、機能維持にもつながります。
高齢・重度化への対応について施設で漠然と想像するのではなく、先に経験した他施設の取組みや経験を参考に、自施設の取組みにつなげていく。そうしたつながりから得る『情報』が、障害者福祉の変化に対してこれから大切といえます。
モデル事業実施期間も含めると事業開始から今年で5年。21年度事業報告会は、当初の想定の2倍以上の160人が参加しました。「ぜひうちにも来てほしい」という声が複数あり、事業の反響の大きさが分かります。
多くの知的障害者施設はこれから高齢・重度化を迎えます。派遣事業では、恩方育成園のように、支援に入った施設から支援チームに職員を派遣し、支援チームとして他の施設に入って学んだことを自施設に還元し、相互に高めあう取組みが広がりつつあります。
本事業をきっかけに、施設同士が情報やノウハウを共有し、支え合う関係が広がることが期待されます。
(※1)・・・PT:理学療法士、ST:言語聴覚士
(※2)・・・食事の様子を多職種で観察して評価するもの
http://tsurukawa-gakuen.com/
(社福)滝乃川学園
https://www.takinogawagakuen.jp/
東京都福祉保健局障害者施策推進部施設サービス支援課
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/index.html
(社福)渡良瀬会 緑ヶ丘育成園
https://watarase-kai.jp/facilities/midorigaoka/
(社福)東京都手をつなぐ育成会恩方育成園
http://www.ikuseikai-tky.or.jp/~iku-ongata/