あらまし
- 2022年度に東社協が実施した福祉人材の確保・育成・定着に関する調査では、多くの福祉職場で、主任やリーダー層の人材育成に問題意識を持っている現状が明らかになりました。この結果から、東社協では、主任やリーダー層の育成に取り組んでいる施設・事業所へのヒアリングを行い、冊子としてまとめ、取組み事例を広く発信することを予定しています。本連載では、冊子の内容の一部を先行してご紹介します。
事例1 職員一人ひとりが、自分事として課題を考えられるような職場に
~調布市知的障害者援護施設なごみ
◆事業課題を自分事として捉えるための定例会を実施
なごみは、調布市社会福祉事業団が運営する知的障害者の入所施設です。母体である(社福)調布市社会福祉事業団は、1999年の設立から調布市民の福祉サービスへのニーズに応えるべく、障害児通所施設や子ども家庭支援センターなど事業を拡大してきました。事業拡大に伴いリーダー層の人数も増えましたが、職務に対しての認識に個人差があったり、負担に感じたりする職員も多く、リーダー層の育成をしようにも職務に必要なスキルなどを学ぶ機会が少ないという問題を抱えていました。
そこで、今までのように法人の管理職中心で事業をすすめるのではなく、リーダー層の職員一人ひとりが自分事として事業方針を捉え、現場を巻き込みながらイニシアチブを持って課題解決をすることが必要と考え、年1回管理職や主任が集まっていた「定例会」の内容を再編し、事業所を超えて共通課題を話し合うことができるようにしました。
◆年代別グループ編成から生まれる多様な視点からの課題やアイデア
「定例会」は年3回実施され、法人に所属するすべての施設長および主任50名ほどがA~Dの年代別のグループに分かれ、課題や意見の共有を行っています。年齢層が最も高く、再雇用のメンバーも多いAグループからは「高齢になっても働き続けられるためのハンドブックのようなものがほしい」という意見や、若手中心のCグループからは、人材確保の面で「各事業所の魅力をまとめてデータ化して発信したらどうか」など、年代ごとに異なるアイデアや課題が出されているといいます。「定例会」で出された課題やアイデアは、解決・実現に向けた具体策をメンバー内で検討し、実践へとつなげています。
施設長の今宮麗子さんは「定例会で出た課題や意見を自分事として捉え、どう解決していくかといったリーダー層の意識の変化が見られるようになってきた」と感じています。また、同じ年代同士で課題や悩みを共有し、コミュニケーションをとることで横の連携が生まれ、モチベーション向上にもつながっているといいます。
◆主体性を持った職員が増え、リーダーシップが発揮できる職場へ
リーダー層の育成のための取組みは「定例会」だけでなく、研修体系や人事評価制度にも及んでいます。これまでの研修委員会では、施設長数名が中心となって企画していたため調整が難しい面がありましたが、さまざまな階層の職員が参加できるようにし、年間で研修をスケジューリングしていきました。また、全研修において、グループワークを多く取り入れることで同じ職域同士のコミュニケーションの機会が増えました。
22年からは、人事評価の一環として「目標管理シート」の作成を始めています。「目標管理シート」とは、事業計画に基づいて、リーダー層が具体的に何に取り組むかを記載するものです。上半期と下半期に1回ずつ施設長等と面談を行い、自身の振り返りや達成度を測定することで、各事業所の課題解決の取組みがスピーディーかつ具体的にすすむようになってきました。
主任の石垣和輝さんは「定例会や研修を通じて、職員同士で話し合う機会が増えたことで、今まで以上に各職員が意見を上げてくれるようになった」と言います。今宮さんは「指導的立場の職員に大切なのは、主体性とリーダーシップ。主任層の職員が、事業目標から自分事として課題を抽出し、部下をまとめながらその課題を検討していくことで、職員全員で組織を良くしていこうという風土ができあがっていくと良い」と、思いを話します。
(左から)施設長 今宮麗子さん
主任 石垣和輝さん
事例2 求められる人材像を明確にし、みんなが次のステップをめざせるしくみづくり
~障がい者地域生活支援施設スクラムあらかわ
◆組織が求める資質・能力を可視化
障がい者地域生活支援施設スクラムあらかわは、荒川区で障害福祉サービスや地域生活支援事業を行う複合施設です。運営する(社福)すかいは、栃木県日光市と東京都荒川区を拠点に、障害と高齢の福祉サービスを展開しています。スクラムあらかわには、開設当初から目標管理制度や研修体系は存在していましたが、施設長の村田裕彦さんが就任した約4年前は、キャリアアップの目標設定について、組織側と職員一人ひとりの認識にずれがあったといいます。「当時、各職員から目標成果シートが送られてきたが、組織が期待する能力スキルと、職員が設定した目標の方向性にギャップがあると感じた。そこで、組織が求める人材像を明確にし、職務階層別に求められる能力やスキルが一目で分かる『資質・能力一覧』をつくろうと考えた」と話します。そして試行錯誤を経て、2023年に完成したシートを職員全体に共有しました。
「資質・能力一覧」を作成するにあたり、最も大切にしたことは法人の理念です。法人の理念をもとにすべての階層に「あるべき姿」を落とし込み、それに対して求められる能力やスキル、到達目標を明示しました。次のステップをめざす時に、組織がその階層に対して何を求めているか、それを実現させるために習得すべきスキルは何かが明確になっているため、目標設定がしやすいといいます。主任の森川博子さんは「指導的立場になるまでは、プライベートとキャリアの両立に悩んだこともあったが、今の自分に何が必要か一目で分かるようになり、自身のキャリア形成にも役立っている」と言います。
◆職員みんなが部下を指導するスキルを身に付けるために
さらに研修についても年間計画を作成し、「資質・能力一覧」と掛け合わせることで、誰にどの研修が必要かが分かりやすくなり、リーダー層の職員が部下を指導するときに活用できているといいます。主任の小池久志さんは「それまで、研修の進捗状況をなかなか管理できていない状況があったが、シートがあることで具体的に把握・指導しやすくなったと実感している」と話します。内部研修では、月ごとに主任レベルの職員が交代で企画を検討することで、リーダー層の指導スキル向上にも一役買っているといいます。
また、指導的立場の職員にあえて若手を起用する取組みも行っています。約1年間、新入職員「フレッシャーズ」に中堅以下の職員がマンツーマンで付き、困りごとをフォローしながら育成しています。村田さんは「ベテランの職員以外にも直接、若手を育てるという楽しみを感じてもらいたいという意図がある」と話します。
◆利用者を尊重しながら職員も大切にする職場づくり
「資質・能力一覧」や研修体系を整備することで、リーダー層が部下のキャリア形成に対してフォローしやすくなり、闊達なコミュニケーションも生まれ、職場には少しずつ変化が見え始めているといいます。「『資質・能力一覧』ができてまだ日は浅いが、部下のキャリアに対して主任がシートをもとに一緒に考えられる体制ができつつある。実際に部下とは密なコミュニケーションをとるようになった」と小池さんは話します。
村田さんは「もともと、この施設は区や関係団体から求められて開設されたという背景を持っているため、地域と連携し、利用者の支援を一番に考えることはもちろんだが、それを支える職員の職場環境も大切。利用者を尊重しながら、職員一人ひとりのキャリアも大切にして、働きやすい環境をさらにつくっていきたい」と語ります。
(左から)主任 森川博子さん
施設長 村田裕彦さん
主任 小池久志さん
https://jigyodan-chofu.com/nagomi/
障がい者地域生活支援施設スクラムあらかわ
https://sukai.jp/facilities_arakawa.html