あらまし
- 2021年7月、厚生労働省は、団塊世代全員が後期高齢者になる2025年時点で、介護職員が全国で約243万人必要になるとの推計を公表しました。ほかにも、2040年に向けては生産年齢人口が減少していくため、より少ない担い手で医療・福祉の現場を運営することが必要とされており、その実現に向けた取組みの一つに「ロボット・AI・ICT等の実用化推進」があげられています。このような時代の流れを受け、福祉現場において、介護の分野に限らず、少しずつAIやICT機器等の導入がすすめられています。
- 今回は、ICT機器等の導入による業務改善等に取り組む保育所とグループホームを紹介します。
ICT機器を使うのは「人」~(社福)康保会 康保会乳児保育所
台東区にある康保会乳児保育所は、昭和46年5月に開園し、0歳から3歳未満の園児と55名の職員で過ごしている認可保育園です。
「台東区保育所等における業務効率化推進事業」を使い、業務支援ソフトを平成28年に導入しました。手書きによる書類作成は記入が重複し、1か所訂正があると複数の書類にも訂正が生じるなどの事務作業の煩雑さを感じていたことが導入のきっかけです。業務支援ソフトでは、指導計画や業務日誌、監査に関する書類などをパソコン入力するだけで管理することができます。保育所の各階に無線LANを引き、どこからでも操作ができるようにし、さらにパソコンの台数を10台から30台に増やしました。ソフトウェアの導入から約半年間は手書きと併用し、徐々に慣れるようにしました。
平成30年にはデジタルサイネージ(電子掲示板)も取り入れました。それまでは、職員が撮影した園児の写真は、カラーコピーをして保護者のお迎えの時間に渡していましたが、デジタルサイネージでは、撮影した写真データをそのまま表示することができ、職員の作業の負担が減りました。
業務支援ソフトを操作する様子
デジタルサイネージ(電子掲示板)を操作する様子
◆職員から意見が出てくる組織づくり
導入に向けた業者との打ち合わせには、各クラスの担当者が参加しました。実際に現場でシステムを使う職員に業者から直接丁寧に説明をしてもらい、コミュニケーションが取れるようにしました。その結果、導入後にトラブルや疑問点が出た際に、円滑なやりとりを行うことができるようになりました。
康保会の遠藤正明理事長は「職員がやらされていると感じることなく、ICTを導入するためにはどうしたら良いか考えた」と当時を振り返ります。「ICTを使用するのは『人』なので、『職員自身がICTを使う当事者である』という意識を持ってもらえるよう、何をやるにも職員からの意見を募るように工夫してきた」と言います。
(社福)康保会理事長 遠藤正明さん
◆職員が主体性を持ってICTを活用
ICT導入後は「以前に比べて便利になった」という声が多く聞かれました。また「自分たちが関わっている」という主体性を持ってもらうことができたので、「さらに便利にしていくにはどうしたら良いか」と考える職員も多くなりました。
また、ICTを導入していたことで、新型コロナによる不測の事態への対応もスムーズにできました。一度目の緊急事態宣言が発令された令和2年4、5月には、自粛生活によって子どもたちや保護者が抱える閉塞感を少しでも軽減しようと、職員からのアイディアでWEB会議アプリを使用した「リモート保育」を実施しました。自宅に居ながら保育士と遠隔で顔を合わせることができ、園児・保護者からとても好評でした。ICTを上手く活用することで、保護者との距離が近くなりました。ICTについて主体的に考えることができているからこそ、現場の職員からさまざまな意見や新しいアイディアが出てくるようになりました。入園前の面接や入園後の面談においても、希望に応じてリモートで行っています。
◆ICT導入は一歩ずつ
今後は、デジタルサイネージに表示している写真を、保護者がいつでもどこからでも自分のスマートフォンで見られるようにしていく予定です。また、都内に3拠点ある同法人施設とVPNでつなぎ、どの拠点からでもさまざまなファイルにアクセスできる環境の構築をめざしています。
「ICTの活用はすすめていくが、それを前面に押し出さず、保育に必要なツールとして当たり前のようにICTを使っている施設づくりを心がけたい」と遠藤理事長は言います。続けて「施設内のICT化は一歩一歩すすめることが大切。1年ずつできることを増やしていけば、10年後には状況がかなり変わる」と話します。便利になるほど、個人情報の流出等には気をつける必要があり、一歩一歩着実にすすめていくことが、丁寧な情報の管理につながるといいます。
利用者のケアの質の向上に寄与できるICT~(社福)信愛報恩会 しんあい清戸の里 グループホームひまわり
清瀬市にあるグループホームひまわりは、定員18名の認知症対応型共同生活介護です。東京都福祉保健局の「介護保険施設等におけるICT活用促進事業(※)」を使い、令和元年に施設内のWi-Fi環境整備を行い、記録システムと見守りシステムを導入しました。
記録システムによって日々の記録をデジタル化しました。記録に係る膨大な時間を短縮することができ、働き方の改善につながりました。また、タブレットにその場ですぐに入力できるので、より正確な記録の作成ができるようにもなりました。
見守りシステムは、ベッドセンサーや温湿度センサー、玄関に開け閉めセンサーを設置し、検知したデータを記録し、タブレットやパソコンで確認することができるしくみです。ベッドセンサーによって体動や心拍数、呼吸数、睡眠状態などが分かるようになり、利用者の動きや状態を予測することができます。職員は、夜間の利用者の状態がどこにいても把握できるようになったので、居室での転倒を未然に防ぐことができ、万が一転倒した場合にもすぐに対応することが可能となりました。特に夜勤職員の「いつ何が起こるか分からない」という不安感が減り、負担の軽減につながりました。
見守りシステムが記録したデータをタブレットで確認する様子
(※)令和3年度より「介護保険施設等におけるデジタル環境整備促進事業」に名称変更。事業内容に変更はなし。
◆見守りシステム導入の効果
グループホームひまわりのホーム長の田口弘子さんは「動きが予測できるので、利用者の方一人ひとりに合わせたケアを行うことができるようになった」と話します。歩行が不安定な方がベッドから出るタイミングにサポートに入ったり、夜中に目が覚めた利用者がいれば様子を見に行ったりすることができるようになりました。職員が利用者に介入しすぎることなく、必要な時にしっかりと過不足のないケアを行うことができる環境が整えられてきました。
ICT導入後に職員に対して行ったアンケートでは「『夜中起きた時に来てくれて良かった』と利用者から言葉をもらった」という回答がありました。信愛報恩会情報管理室室長の北川美歩さんは「小さな変化に気づき、ちょうど良い距離感で職員が利用者に寄り添うことができるようになったと感じている」と言います。
グループホームひまわりホーム長 田口弘子さん
(社福)信愛報恩会情報管理室室長 北川美歩さん
◆法人全体で一丸となって取り組む
ICTの導入の際にはプロジェクトチームを立ち上げました。法人として、グループホームひまわり以外にも2施設に導入したため、月に一度、担当の職員が集まり、見守りシステム等の使用方法の方針を共有したり、事業所での事例を発表し、検討したりする場となっています。システムの開発業者も参加しており、現場での様子を知ってもらうことで、より良いシステムの開発につなげています。
北川さんは「センサーやAIをパートナーとして考えている」と言います。続けて「理事長も『人の足りない部分をセンサーが補うことでより良い介護ができる』という考えを持っている。人とセンサーがパートナーとしてお互いの不足している部分を補い合うことができれば、よりきめ細やかなケアが可能になる」と話します。また「システム導入の一番大切な目的は利用者へのケアの質の向上」という思いを法人全体で共有することで、同じ方向を向いて取り組めるように工夫をしました。
◆ICTを導入してからが始まり
田口さんは「見守りシステムのデータからさまざまな発見が得られ、それを次のケアに活かすことができる」とシステムの効果を実感しています。「ICTを導入して終わりではなく、職員と見守りシステムが連携し、利用者の安眠を守ることを目的に、今後も一人ひとりに合わせたケアを行っていけるよう試行錯誤していきたい」と話します。
http://www.kouhokai.or.jp/nyuji/index.html
(社福)信愛報恩会しんあい清戸の里グループホームひまわり
http://www.shin-ai.or.jp/kiyoto/index.html