(社福)筑水会、熊本県身体障がい者能力開発センター、熊本学園大学
災害時の要配慮者をめぐる福祉―関東・東北豪雨、熊本地震より
掲載日:2018年1月25日
2017年1月号 社会福祉NOW

 

あらまし

  • 近年さまざまな災害が全国各地で発生しています。福祉施設・事業所においても、BCP作成や、具体的な被害を想定した各種訓練など災害時要配慮者のリスクを想定した取組みが行われています。本号では、目の前のできごとに対応した「平成27年9月関東・東北豪雨」および「平成28年熊本地震」の3つの事例から、災害発生時の要配慮者をめぐる福祉について考えます。

 

突然の豪雨による浸水被害、局所的な大地震……。近年さまざまな災害が全国各地で発生しており、災害時の要配慮者支援を強化するためには、災害に強い福祉の構築が求められています。発災時の利用者と職員の安全確保、利用者避難から施設復旧、そして、要配慮者が避難することが想定されている福祉避難所の運営、一般の避難者に含まれる要配慮者への対応等、「災害に備える」と一言では表現しきれない、その時、その瞬間に福祉が何をすべきかが問われてきます。

 

被害を最小限に抑え利用者を守る―平成27年9月関東・東北豪雨で浸水被害を受けた(社福)筑水会 特養「筑水苑」

平成27年9月9日から9月10日にかけて、関東地方北部から東北地方南部を中心として記録的な大雨となりました。各観測所で観測史上最多雨量を記録し、常総市三坂町地先で堤防が決壊。それに伴う氾濫により、常総市の約三分の一の面積に相当する約40平方キロメートルが浸水しました。

 

(社福)筑水会 特別養護老人ホーム「筑水苑」は、平成16年8月に開設した常総市内で一番規模の大きい、110床(入所90名、ショート20名)のユニット制の施設です。「平成27年9月関東・東北豪雨」では施設で浸水被害が発生しました。水が引くまで屋内に留まることを決意し、水が引いた直後より全利用者を一旦、同グループの施設に避難させ、利用者を守りました。そして、被災から約1か月後の10月13日に事業を再開し、利用者と職員が戻るまで、懸命に施設を守りました。

 

施設長の長尾智恵子さんは、「豪雨による水害には津波とはまた違う備えが必要。ライフラインが徐々に使えなくなるなど、豪雨災害の発生から実際に施設で影響を受けるまでのタイムラグがあった」と当時をふり返ります。堤防決壊は9月10日午後12時50分でしたが、実際に筑水苑の敷地に浸水が始まったのは、11日の早朝5時27分でした。普段、夜間は7人の体制ですが、10日の堤防決壊で自宅が流された職員や道路の封鎖等で帰宅できなかった職員、そして、被災により出勤できないとの連絡が相次いだため、中堅職員を中心に、栄養士、事務員などを含め計15名の職員が当時筑水苑にいました。

 

5時27分の浸水開始後、6時56分には、敷地内にあった職員の車が水没する水かさとなりました。その後、7時少し前に近隣一帯が停電となりました。浸水開始から水没、停電までの間はわずか1時間強でした。その間に職員は、1階の利用者を2階に避難させ、1階倉庫の備蓄を運び出し、普段は1階にある医務室の機能を2階の研修室に移しました。利用者の健康にかかわるカルテや薬を一か所に集約し、鍵がかかる場所で安全に管理するためです。その他にも、事務室にある利用者に関する書類、事務作業にかかわるコピー機、プリンター、PC、サーバー……優先順位を迫られながら時間の許す限り対応しました。

 

調理に使う大きな鍋などの調理器具も2階に運び、お風呂には断水に備えて水を張りました。全利用者の避難と3日分の備蓄など最低限の物品の2階避難を完了したことから、長尾施設長は、利用者の安全を確保するため「水が引くまで屋内待機すること」を決断しました。9時には、申し送りにて利用者の状況を確認し、透析の方や脱水症状のある方の救助を要請しました。利用者の体調の変化等を注視しつつ、長尾施設長は法人本部や、県、県老施協と連絡を取り合い、孤立解消後の利用者の避難先の調整を行いました。

 

副施設長の高橋富江さんは、浸水時は施設の外におり、状況を知って駆けつけました。施設周辺はすべて水没し、筑水苑だけがぽっかりと浮かんで見える状態でした。14時36分に、高橋副施設長を含む交代要員職員が、発災後初めてボートで筑水苑に入り、デイ職員3人が帰宅しました。17時52分には、要請していた3名の利用者が自衛隊によりヘリ搬送されました。

 

浸水から1日半後の、12日12時頃から水が引きはじめ孤立が解消したため、利用者避難を開始しました。同グループの福祉施設に依頼していた福祉車両6台を利用し、家族が引き取りにきた方などを除いて96名が、浸水から33時間後、近隣の守谷市内の有料老人ホームへ一次避難しました。その後、14日より県老施協等を通じて受入れを表明してくれた県内13施設に28名を移送しました。その際には、仲の良い人は一緒にする等、利用者の人間関係にも配慮しました。利用者にかかわる書類は、守谷市の施設で作業を行い受入れ施設に引き継ぎました。受入れの申し出を複数受けた中で、会いに行ける場所、顔の見える関係での受入れをお願いしたいとの職員の声を採用し、県内かつ面識がある施設に受入れをお願いしました。但し、医療ニーズの高い方や認知症の重度の方、意思表示の不可能の方は対象外としました。後々、介護報酬の手続き等で調整が生じた際に、受入れ先をこのように決めていたことが活きました。

 

長尾施設長が筑水苑の事業再開に向けて奔走する一方、高橋副施設長は守谷市の施設を拠点に、利用者や家族、職員への対応を担当し、避難した利用者が寂しそうにしていると耳に入れば、顔を見に行くこともありました。長尾施設長とは、毎日連絡を取り合いお互いの状況を共有しました。

 

「初動が大切」と長尾施設長は言います。利用者に筑水苑に戻れる具体的な日にちを伝えられないジレンマや、事業再開までを長引かせると職員のモチベーションが下がってしまうことを指摘しながら、「職員にはあえて物資などを筑水苑に取りに来てもらい、直っていく施設の姿をみせ、『自分はここに戻るまで避難先で利用者を守らなければ』と感じてもらった。当初は、3か月かかると言われていた施設の再建も、毎日必死に対応し、1か月で再開にこぎつけた。利用者が筑水苑に戻ってくる日、移動のスピードは驚くほどだった。利用者も職員も『帰るんだ』という意識があったのがなにより嬉しかった」と話します。

 

施設長の長尾智恵子さん(右)と、副施設長の高橋富江さん(左)

 

筑水苑外観

 

都内においても、平成28年8月には、関東地方に上陸した「台風9号」の影響で、青梅市の特養「青梅療育院」で、豪雨による床上40センチ冠水の被害が発生しました。こうした災害は、身近に起こり得ることを改めて認識させられます。

 

うちが断ると行き場がない―平成28年熊本地震で福祉避難所を開設した熊本県身体障がい者能力開発センター

平成28年4月14日(前震)・16日(本震)に発生した熊本地震で福祉避難所を開設した熊本市では、協定を結んでいた福祉施設等を対象に同年9月、アンケートを実施しています。福祉避難所の設置の有無に関わらず全体の31・5%の施設が「建物の一部が使用不可になった」としており、74・8%の施設が「断水」、33・9%の施設が「停電」になっています。そして、半数以上の59・8%の施設が「(職員が被災し)、一部に人手不足が生じた」と答えています。また、半数以上の53・5%の施設が「一般市民を受入れた」という状況がありました。そうした中でも、67・7%にあたる86施設が「要援護者」を受入れています。

 

熊本県身体障がい者能力開発センターでは、熊本地震に伴い、福祉避難所を開設して25人(家族4人を含む)を受入れています。同センター所長の吉田好範さんは「会員となっていた熊本県身体障害児者施設協議会が2年前に熊本市と福祉避難所の協定を結んで、会員である24施設は自動的に福祉避難所となっていた。確かに協議会の会議で説明を聞いた覚えはあったが、備えができていた訳ではない。市からの要請を受けて『とにかくやるしかない』と、できることを頑張ったというのが実情。幸いにも建物に被害は少なく、30人の入所利用者は建物が安全であることから落ち着いていた。職員の多くは自宅が損壊して自らが被災者でありながら頑張ってくれた。会議室などの受入れスペースはあったので、通所利用者の安否確認をして自宅に被害を受けた利用者を16日以降に9人受入れたが、それ以外に市から要請のあった方を受入れた」と話します。廃棄予定の介護ベッドがたまたまあったのが幸いしました。

 

当初の想定では身辺が自立している人という前提でもっと少ない人数を考えていましたが、「『うちが断ると行き場がない』と聞くと、『お受けしましょう』と答えているうちに25人になった。入浴や排せつなどの支援が必要な方やてんかんによる救急搬送をした方もいた」と、副所長の中畑昭日出さんは話します。

 

避難者を受入れることで入所施設の夜間の生活支援員2人だけでは対応が困難な状況となったため、日中の職員の早出・遅出のシフトを組み対応しました。縁のあったリハビリ関係の学校の学生が夜間のボランティアで来てくれたり、退職した職員が応援に駆けつけてしのぎましたが、5月9日に他県からの障害者施設の職員の応援派遣が夜間対応で1人入ってくれたので福祉避難所の機能を維持することができました。

 

自宅に住めなくなった方のアパート探しの支援も行い、8月15日に避難所を閉じました。吉田さんは「もともと在宅で自分なりの生活をしていた方たち。障害に応じた避難所はやはり必要であろうし、福祉避難所でも慣れない集団生活に配慮が必要なことは多かった」と、4か月にわたる支援をふり返りました。

 

センター長の吉田好範さん(左)と、副所長の中畑昭日出さん(右)

 

目前で起きたことに最前を尽くす―平成28年熊本地震で大学独自に「身近な福祉避難所」を開設した熊本学園大学

熊本地震では、避難所の指定を受けていなかった熊本学園大学が地域住民を受入れる中で、独自の「身近な福祉避難所(スペース)」を開設しています。4月14日の午後9時26分の前震の直後。大学のグラウンドには地域住民と学生たちが避難してきました。余震が続く中、大学は14号館の教室を開放し、避難者たちに安全な場所を提供しました。翌日には落ち着きを取り戻しましたが、16日午前1時25分に本震が発生。14号館の軒下や廊下にあふれるように避難者が集まってきました。大学では前震と同様に4つの教室を開放し、ピーク時には750人が避難しました。

 

熊本学園大学社会福祉学部講師の吉村千恵さんは、本震直後に助けを求めてきた重度障害のある学生の自宅に駆けつけ、その学生とともに大学へ行きました。14号館の教室には、朝になると介助が必要な高齢者や障害者が増加しました。大学とつながりがあった障害当事者団体の車いすユーザーたちも余震が続く中、大学へ避難していました。教室は多くの避難者でいっぱいとなり、車いすで15時間も座りっぱなしの状況でした。そして、16日の午後2時。大学は14号館のホールの安全を確保した上、吉村さんたち教員や社会福祉学部の学生たちがホールに要配慮者専用の避難スペースをつくりました。前震から数えて5月28日までの45日間にわたる支援活動は、こうして始まりました。

 

14号館がバリアフリー施設であり、社会福祉学部があったというだけで熊本学園大学がこの取組みをできた訳ではありません。社会福祉学部長の宮北隆志さんは、「教職員と学生が一丸となって取組んだ。本学では、障害のある学生も積極的に受入れている。また、『水俣学』の研究を通じた学部を超えたつながりがあり、『目の前に起きたことに最前を尽くし、それを最後の一人まで』という精神がある。地域とのつながりもあり、社会福祉学部でも1年生が地域の障害当事者と車いすに乗って一緒に街に出て体験する授業を行っていた」と話します。

 

吉村さんも地域の障害当事者団体と長いつながりがあり、震災前から「当事者に寄り添う福祉」を大事にした授業を実施してきました。地震の前年度には学内に避難所をつくる訓練を学生と行い、高齢者や障害者を受入れるシミュレーションも行っていました。また、過去に災害のあった阿蘇地域での学生と高齢者と一緒に避難行動の個別支援計画を作成するワークショップでは、「位牌をもって行きたい」「あの牛を連れて行かないと避難できない」という当事者の想いを学んでいました。

 

そして、独自の福祉避難所の運営をふり返り、吉村さんは「介助スタッフを支えることが不可欠」と指摘します。「最初の介助体制は3日間で限界が来た。学生には学生にしかできない『明るく笑い、とにかく話すこと』をしなさいと伝えていた。鹿児島から施設職員が自主的に応援に来てくれたり、教員と学生だけでできた訳ではない。地域のボランティアが洗濯を手伝ってくれたりして、気分を落ち込ませない避難所になった」と話します。

 

この避難所支援に参加した学生たち自身も被災しています。学生からは「(炊き出しで)避難者の方に『おいしい』と言われてうれしかった。達成感があり、自分も被災者だということを忘れた」、「車いすからの移乗を介助したり、話し相手になったり、時には支援している私が、人生の先輩から教えられた」という感想が聞かれ、経験が学生たちの成長につながっていることがうかがえます。

 

そして、吉村さんは「帰宅支援を丁寧に行った。避難所を出ていくこと、新しい生活への不安。その不安を理解しながら、新しい環境につながりをつくる必要がある」と話します。目の前にあることに向き合いながら、その先にある暮らしを見据えた関わりが、この独自の取組みにみられます。

 

熊本学園大学社会福祉学部長の宮北隆志さん

 

社会福祉学部講師の吉村千恵さん

 

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これらの3つの事例は、災害時に要配慮者をめぐり起こり得ることの一部ですが、目の前にいる要配慮者のことは自分たちが動くしかないと全力を注いだり、地域にいる要配慮者に想いを馳せる福祉の姿がそこにあります。そして、緊急事態をしのぐだけではなく、その先までを視野に入れた支援が福祉には特に求められていることがわかります。

 

3つの事例は、後日、『福祉避難所等事例集(仮称)』により詳細をご紹介する予定です。

取材先
名称
(社福)筑水会、熊本県身体障がい者能力開発センター、熊本学園大学
概要
(社福)筑水会 特別養護老人ホーム「筑水苑」
http://www.tikusuien.jp/

(社福)熊本県社会福祉事業団「熊本県身体障がい者能力開発センター」
http://www1.bbiq.jp/~k-jig/nokai/

学校法人 熊本学園 熊本学園大学
http://www.kumagaku.ac.jp/
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