あらまし
- 東京では大規模災害時には、建物の被害や停電、断水のほか、環状七号線から都心方向へ向かう車両の交通規制、鉄道の計画運休等の影響が想定されています。施設や事業所等によっては、職員が十分に参集できなかったり、施設に留まり数日にわたって支援にあたったりすることも予想されます。こうした状況においても、福祉施設や事業所では、災害時に利用者、職員ともに命を守り、事業継続を図り、その機能や役割を維持していくことが必要となります。
今号では、「災害に強い福祉」に向けた福祉施設における取組みを紹介します。
「命を守る」ことを最優先に~母子生活支援施設 べタニヤホーム~
ベタニヤホームは、大正12年に発生した関東大震災で被災した母子の保護を出自として設立された母子生活支援施設です。この経緯から「利用者の命も職員の命も守る」ことに重きをおき、防災に関するさまざまな取組みを行っています。
昭和42年に建てられた施設は、現在、被災後の対応の視点を取り入れ、建て替えています。来年に完成する新しい施設は、利用者が生活できる空間に加えて、1階に地域住民が避難できるホール、2階には炊き出しができるスペースを確保する予定です。また、利用者に女性が多いことから、被災時の一番の問題はトイレであると考え、自転車置き場にマンホールトイレの設置を検討しています。マンホールトイレを利用するための水も、植物に水を撒くために普段から溜めている雨水を利用することとしています。
施設長の伊丹桂さんは「当初、地域の母子世帯、単身女性を受入れる福祉避難所の協定も考えたが、シェルター機能を有する施設であることと、防災マップに掲載されるデメリットを考慮し、対応しきれないことが予想されたため、福祉避難所の協定は難しいと考え、締結には至らなかった。しかし、ベタニヤホームは設立から100年近い歴史があり、地域の人や町会とも信頼関係ができているため、新しく建て替える施設は、利用者の生活空間と仕切りを設けた上で、地域住民も受け入れられる前提でホールを設けることにした」と話します。
「非常時は常時の繰り返し」子ども達を中心にした防災キャンプ
ベタニヤホームは「ローリングストック」(*1)を防災の軸として取り入れています。そして、この考え方を備蓄品だけではなく、さまざまなことに応用しています。
例えば、毎年行う防災キャンプでは、施設を利用する子ども達とともにキャンプ場まで歩いて向かいます。調理はポリ袋を使い、水をなるべく使わずに他のことに再利用する練習をしています。資機材は、非常時にも活用できるアウトドア用品を使用し、テント張りや無線を使う練習等もしています。伊丹さんは「非常時体験がどういうことなのか、普段から経験していないと非常時に動けない。非常時は常時の繰り返しと考え、防災資機材、備蓄品を使い続けている。防災に特化した資機材保管のスペースも広く確保する必要はなくなった」と話します。
【ベタニヤホーム】備蓄品は1人分ずつ袋に分け、1日目、2日目…と記入し、分かりやすく保管している
【ベタニヤホーム】調理用ポリ袋を常備している
他にも、非常時の電源確保のため社用車をハイブリッド車に変更し、車内のコンセントを利用してIH調理や電子レンジが使用できるようにしたり、平成28年に発生した熊本地震の際にも活用できたプロパンガスに変更したりする等、ライフライン確保のための工夫もあります。普段の業務の中では、退所した親子のアフターケアとして訪問する際、家に家具の転倒防止用具がついているか確認し、職員が一緒にとりつけたりする等の取組みも精力的に行っています。
今後の課題について、防災担当として防災資格を取得した谷本亮さんは「利用者に女性が多いことから、女性の視点が重要と考えている。そのため、液体ミルクの導入や紙オムツの常備等を進めている。今後は女性の視点での要望や意見をBCP(事業継続計画)に反映させていきたい」と話します。
【ベタニヤホーム】非常時には車内のコンセントにつなぎ、IH調理ができる
(*1)内閣府によると「ローリングストック法」とは、「定期的(1ヶ月に1、2度)に食べて、食べた分を買い足し備蓄していく方法」のことを指します。
出典:できることから始めよう!防災対策 第3回-内閣府防災情報のページより http://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h25/73/bousaitaisaku.html
被災体験の共有から考える防災対策~特別養護老人ホーム 神明園~
羽村市内の特養3施設の協力体制構築
神明園は、羽村市に平成11年に開設された特別養護老人ホームです。
東日本大震災で、施設のエレベーター停止や計画停電を経験したことが、災害対策の重要性を認識するきっかけになり、その後すぐに、実効性のあるBCP作成に着手するなど積極的に災害対応の取組みを進めています。また、熊本地震の際は、交流のあった熊本県益城郡の特養グリーンヒルみふねに神明園園長の中村正人さんが赴きました。被災地の状況を見て、安全な介護サービス継続のためにはどのような備えが必要なのか、施設長の吉本洋さんから聞かせてもらいました。そして、吉本さんを講師に招き、羽村市内特養3施設合同職員研修を行い、熊本地震からの学びを共有しました。
このような取組みがきっかけとなり、平成30年5月に市内3施設による災害時相互応援協定を締結し、大規模災害の際には、市内3施設の防火管理者を軸に連絡体制を確保し、3施設間で情報の共有・人的支援・物的支援・利用者の受入れをすることで、介護サービスの継続を図れるよう体制を整えています。
ゲームを取り入れた防災訓練で意識改革
職員の防災に対する意識を補完して維持し続けるため何かできないかを考えていた時に、吉本さんから被災後に職員研修で使い始めた「KIZUKI」 という災害想定ゲームを紹介してもらい、神明園もこれを取り入れた防災訓練を行うようになりました。防火管理者の氏家進さんは「このゲームを通して、大規模災害時に職員一人ひとりがどのように行動すればよいかが学べる。備蓄品はどこに何があるか、職員同士でどうやって連絡を取り合うか、人員体制の確保を図るにはどうすればよいか等、重要事項に対する認識を共有できて職員の災害対応の意識が大きく変わった。発災時のマンパワーの重要性が職員の共通認識になり、職員参集のあり方を考えるきっかけになった」と言います。
市内特養3施設による合同防災訓練でもこのゲームを取り入れ、他の施設職員の災害対応の動きを共有する場になっています。
【神明園】災害想定ゲームKIZUKIを使った合同防災訓練の様子
備蓄品に関する工夫
さらに氏家さんは「各フロアにある日用品の保管棚に備蓄品も保管して、備蓄品が日常的に職員の目に触れるようにすることで、常に把握できるよう工夫をしている」とも話します。
食料品は、発災後3日間を乗り切るための分を備蓄しています。一般的には備蓄用食料品は、利用者の状態によって提供する食品形態を変えて用意する必要があると言われていますが、神明園では、普段から補助食品として利用している高カロリーなゼリーを用意しています。ゼリーは嚥下障害の有無に関わらず摂取できます。衛生用品等の日用品は日常使用しているものを買い足しながら常に3日分を備蓄するローリングストックの方法をとっています。
神明園の敷地内には、専用の防災倉庫【神明台ストアハウス】があり、地域の高齢者のための衛生用品等を備蓄しています。また、プロパンガスによる炊き出し用の調理設備とスペースも備わっています。平時には神明園の地域公益活動の一環として、ここで学習支援型子ども食堂や、認知症カフェ、コミュニティサロンを開催するなど活用されています。
【神明園】防災倉庫
【神明台ストアハウス】外観
【神明台ストアハウス】内部
プロパンガス使用の炊き出し用厨房があります
BCPは随時見直しをしながら
神明園の入居者120名の要介護度の平均は3・95、寝たきりの方も多く、徘徊するため常時見守りが必要な方も数名います。園長の中村さんは「BCPは、常に利用者の状況を把握し、職員がそれに合わせた行動がとれるものでないと意味がない。そのために何度も見直しをしている。また、防災訓練から課題を抽出することも大切なプロセス」と話します。
さらに「昨年、7月豪雨の時にも職員が現地施設の支援に入り、その経験から今の神明園にとって何が課題で何が必要かを考えた。BCPの見直しにはゴールはない」と話します。
近隣の自治会・町会との関係づくり
神明園は、近隣の自治会・町会と相互応援協定を締結しています。防災倉庫の建設をきっかけに現在では開園当初の3か所から増え5つの自治会・町会と協定を締結しています。これらの自治会・町会と「神明園地域防災連絡会」を立ち上げて、防災倉庫を拠点とした地域の災害対策のあり方や地域の方たちに施設の機能や備蓄の状況を正しく理解してもらいながら、より有効な災害時の要配慮者支援のあり方を模索しているところです。
平時からの取組みを災害時に活かす~障害者支援施設 五乃神学園~
社会福祉法人コロロ学舎 五乃神学園は、羽村市で平成25年に開所した障害者支援施設です。施設入所支援を中心に生活介護、短期入所、放課後等デイサービスを運営しています。「誰一人として排除しない」という法人理念のもと、強度行動障害を併せ持つ、重度の自閉症・知的障害のある方を受け入れ、独自の「コロロメソッド」 に基づき、歩行トレーニングやダイナミックリズム(集団運動療法)等の療育を通して社会で生きる力を育てる支援に取り組みます。入園者の平均年齢は28歳10ヶ月(平成31年4月現在)です。
災害時の変化に対応できるように
防災の取組みについて、安全管理課課長の栗原誠さんは「発災時は、日常の生活パターンと大きく異なってくることが想定される。五乃神学園の利用者は自閉症の方も多く、スケジュールや場所、人へのこだわりがある方も少なくない。日ごろから変化を取り入れ、適応できるような取組みをしている」と話します。例えば、普段の活動のグループ分けでは、利用者と支援者ともにメンバーが固定しないようにしています。食堂のテーブルは毎回片付けて毎回配置し、席を決めず、食事形式もバイキングにしてみたり、時には公園や園庭で食べたりすることもあります。また、トイレも毎日同じではなく場所を変えてみるなどしているといいます。
実際の避難所を想定した訓練も行っています。非常食の試食会では炊き出しを想定し、並んで非常食を取ってもらい、シートを敷いて床で食べました。また、施設内のホールにて集団で寝る練習もしました。五乃神学園園長の芝崎悦子さんは「平時に経験しておくことが大切。災害時は、周囲に合わせて行動しなければならなかったり、施設職員以外から支援を受けたりする可能性もある。日ごろからの継続した取組みが活きてくると考える」と話します。
【五乃神学園】避難時を想定してシートで食事
非常食の試食会。災害時の炊き出しを想定
あらゆる場面を想定する
五乃神学園ではBCPを策定し、年1回改訂しています。プロパンガスを使用し、サバイバルフードや水、簡易トイレなど3日分の備蓄品を用意しています。「BCPの内容が、まだ全職員に浸透しているとは言えない。夜間の少人数体制時の避難訓練を行うなどしているが、さらにあらゆる災害の場面を想定する必要がある。発災時に職員が行動できるか、どれだけの職員が参集できるか実際に試していかなければならない」と栗原さんは言います。
福祉避難所の協定締結に向けて
五乃神学園は市の福祉避難所設置訓練にも参加し、福祉避難所の協定締結に向けて準備をすすめています。芝崎さんは「町内会に所属して、防災訓練をはじめとした地域の活動に積極的に参加し、顔の見える関係づくりにも力を入れている。施設も地域の一員として防災に貢献していきたい」と強調します。
また、今後の課題について、栗原さんは、「現在の備蓄品は施設利用者と職員の分のみである。福祉避難所の協定締結に向け、地域の方のための備蓄品を保管する場所の確保や、管理方法についても具体的に検討していかないといけない。他の施設ではどのような取組みをしているか情報交換していきたい」と話しました。
https://bethanyhome.jimdo.com/
(社福)亀鶴会 特別養護老人ホーム神明園
http://www.sinmeien.or.jp/corporation/
(社福)コロロ学舎 五乃神学園
https://www.kololo.net/publics/index/21/