あらまし
- 東京都の高齢者人口(65歳以上)推計は309万4千人(令和元年9月時点)となり、過去最高を更新しました。高齢化がすすむなか、人生の最終段階を「自宅」「病院」「施設」等のどこで迎えるかということについて社会的にも大きな課題になっています。そのなかで「施設」で最期を迎える方の割合も少しずつ増えてきています。(※1)
施設においてはご本人やご家族の意向を尊重した最期の迎え方を検討したり、看取りについての研修を行ったりするなどの取組みがされています。今号では、特別養護老人ホームでの「看取り」の取組み事例をご紹介します。 - (※1)平成29年(2017)人口動態統計より
特別養護老人ホーム ハピネスあだち ~「お別れ会」を行い、皆でお見送り~
【ハピネスあだち】研修の様子
特別養護老人ホーム ハピネスあだちでは、平成19年頃から看取りに取り組んでいます。当時は、看取りがまだ浸透しておらず、地域の方やご家族が相談、情報共有できる場を設けた方が望ましいのではないか、という声が施設内からあがったのをきっかけに取組みを始めました。
取り組み始めた当初「最期までケアするのは難しい」「食事介助に時間がかかってしまう」「食べられないのに無理に食事をさせるのか」といった声が職員から聞かれました。また、職員の間には「最期を迎える場所は病院」という意識があったため、「施設で看取る」ということに不安を感じていた職員も多くいました。ご家族からは「施設での看取りをする場合は、具体的にどういったことをしてもらえるのか」「施設で看取る人と看取らない人の対応はどう違うのか」といった声もありました。これらの声を受けて、まずは職員向けの研修を行い、職員に知識、技術の習得と、施設で看取る意義の理解を求めました。その後、ご家族、地域へと流れを広げていきました。
職員向け研修は年2回受講を義務づけています。テーマは、平成20年に発足した多職種が参加する「ハピネスあだち看取り援助委員会」の中で決めています。ご家族向け勉強会は年3回行っており、参加するご家族はご本人の子ども世代が中心となっています。研修では、実際に施設で身内を看取ったご家族が経験を語ることもあり、職員はもちろんご家族にも反響が大きいと言います。かつては、地域の方向けの講座を開いたこともありました。
特養部門マネージャー 小比類巻 隆さん
施設で看取ることについて、特養部門マネージャーの小比類巻隆さんは「一般的には病院だと多床室で一時的な場所で看取るイメージだが、ハピネスあだちでの看取りは個室であるため、好きな物を持ち込んで、より自宅に近い環境で過ごすことができ、ご家族も気兼ねすることがない。ご本人も他の入居者と友達になっていたり、職員と顔なじみであったりするので、より地域に近く、関係ができているところで過ごせる。ご本人の意思や希望については、ご家族に確認しながら行っている」と話します。
ハピネスあだちでは施設で看取った方の「お別れ会」を行っています。ご本人が亡くなられた後、職員が清拭等のエンゼルケアを施します。簡単な祭壇を用意して、なじみの職員や入居者、ご家族と「お別れ会」を行います。その後「ハピネスあだちでは最期に寂しい思いをされないように、正面玄関から皆でお見送りをしている」と小比類巻さんは語ります。
ハピネスあだちで看取られたいと希望される方は、入居者の約90%にのぼります。ただし「最終的には看取りをしてほしいが、今は考えるにはまだ早い」と思っている人も多いと言います。「看取った方はさまざまいるが、なかにはご本人が疎遠になっていた子どものことを心配し、最期だからとご家族が集まり、仲直りした事例もあった。施設が看取りをするにあたって『そこまでする必要はない』という意見もあるかもしれないが、安心して最期を迎えていただくために、ご本人が抱える心配や不安を解消してあげたい。そういう意味で看取りの取組みをすすめていくことは大切かと思う」と話します。
「丁寧に看取りを行っていくためには人手が必要。どこの施設でも人材不足は深刻で、それが解消すればいろいろなことができるとは思う。やりたくてもできないという思いは職員の中にあるのではないか。課題はあるが、これからもこれまでの流れを受け継ぎ、精度をあげながらご本人をしっかりと看ていきたい」と語ります。
特別養護老人ホーム 南陽園 ~医療と連携した看取り~
【南陽園】研修の様子
杉並区にある特別養護老人ホーム 南陽園は同敷地内に病院と3つの特別養護老人ホームのほか、養護老人ホーム、軽費老人ホーム等がある法人です。
看取り介護は平成26年から始まりました。さまざまな施設で看取りが始まっていたことから、職員に対して看取りについての意識調査のアンケートをとりました。当初、職員からは「病院が併設されている以上、ご家族は少しでも長く生き長らえてほしいのは当然に思う」「死と向き合う怖さを感じる」「不安も大きいので研修を行ってほしい」「人の死に目に会いたくない」といったさまざまな意見が出ました。しかし、同時期に看取りを希望されるケースがあったため、「まずはやってみよう」という気持ちから取り組み始めました。同時に研修を実施する必要性を法人として感じていたため、3特養の全職員に6回に分けて研修を行いました。
同じ敷地内に病院があることから、医療との連携による看取りの取組みもすすんでいます。南陽園 サービス部長の丸山寿量さんは「施設での看取りを始めた当初は病院のバックアップ体制も少なく、手探り状態で、特に相談員は医師、ご家族と調整する苦労があった」と振り返ります。
「ただ、ここ2~3年で病院も施設での看取りを理解してくれるようになり、住み慣れたところでの看取りに積極的な医師もいる。病院のバックアップ体制が整ったと感じる」と言います。「医師や看護師も病院での病状説明の際に『施設での看取りという方法もある』と言ってくれている。ご本人やご家族にとっての選択肢を増やしてくれている」と語ります。
一方で「同じ敷地内に病院があることから施設での看取りを希望する人はそれほど多くない。しかし、入院されても職員も見舞いに伺うことができるし、都度医師と相談員が連絡を取っている。亡くなれば施設の職員もお見送りに行く」と話します。また「看取りの意向は入所時に確認しているが、いつでも変えられると伝えている。ご家族や医師と話して病院で看取ることとしたり、退院してから施設で看取ることもあり、柔軟に対応している」と言います。施設で看取る際は、ご本人やご家族の希望を伺ったうえで、多職種でどこまで希望を実現できるか、都度カンファレンスを行いながら実施しています。
「看取りにあたって何をすればいいかわからない、という声はあると思う。ただ、ご本人、ご家族とよく話しながら、思い残すことなく最期を迎えられたと感じる事例もあった。この事例を通して、こういうこともできるんだと職員も納得できた。皆で考えられたことが一番の成果だったと思う。それでも、こういうこともできたのではないか、もっとこうすれば良かったのではないかと毎回振り返る。看取りは、一人ひとり違うため、いろいろな可能性を探りながら取り組んでいる」と語ります。
現在は、施設での看取りが職員にも浸透してきたと言います。施設での看取りについて「最期を迎えるまでのプロセスを大事にしている。自身の意思をはっきり示せない方もいるが、普段からの関わりがいかにしっかりできているかが重要になる。最期を看取るプロセスは、入所した時から続いている。看取りをするから特別なことをするということではなく、施設での生活の中でご本人の楽しみや思いを見つけながらケアをしていく過程で、知り得たご本人の情報を最期につなげていくことが大事だと考えている」と語ります。
http://family-wf.jp/happiness_adachi/
(社福)浴風会 南陽園
http://www.yokufuukai.or.jp/nanyo_en/