(社福)嬉泉
働きやすいしくみづくり(2)仕事と育児の両立に向けた、働き続けられる環境づくり(社会福祉法人 嬉泉)
掲載日:2020年3月23日
2020年3月号 連載

「平成30年度 東京都女性活躍推進大賞優秀賞」を受賞した嬉泉の皆さん

 

あらまし

  • 福祉人材の確保・育成・定着に向けたさまざまな取組みの一つとして、福祉施設や事業所では、福祉を学んだ新卒学生だけでなく、未経験者や主婦層、高齢者、外国人など多様な人材に対し、採用や育成・定着のためのさまざまな工夫やアプローチを行っています。多様な背景を持つ人たちが福祉の仕事に関わるきっかけや、働く環境をつくるための取組みや工夫等を取り上げます。

 

プロジェクトチームを発足

福祉分野の人材確保について厳しい状況が続くなか、職員の定着も大きな課題となっています。
今号では、仕事と育児の両立に向け、職員が働き続けられる環境づくりに取り組む社会福祉法人 嬉泉(きせん)の事例をご紹介します。

 

嬉泉は、昭和41年の設立から、発達障害児・者、特に自閉症の方たちへの支援を展開し、現在は療育・保育・相談の3つの事業を実施しています。都内と千葉県袖ケ浦市に計25か所の事業所があり、常勤と非常勤を合わせて480名(平成31年3月現在)の職員が働いています。

 

法人内には子育て経験のある職員が多く在籍しており、もともと育児と仕事の両立について理解があり、支え合う風土がありました。しかし、平成23年度の育児休業取得者は、法人全体で3名と低迷し、結婚や出産を機に退職する職員も少なくありませんでした。当時の常務理事で現理事長の石井啓さんは「育児休業取得者が少なく、辞めてしまう職員がいることはとてももったいなかった。定着して働いてもらうにはどうしたらよいかと考えていた」と話します。

 

そのような状況のなか、平成23年の次世代育成支援対策促進法の一部改正※により、嬉泉が仕事と育児の両立を図るための「一般事業主行動計画」策定・届出義務化の対象となったことが、働きやすさについて見直すきっかけとなりました。そして、石井さんの旗振りのもと「次世代育成プロジェクトチーム」を発足し、計画に定めた目標の達成等、一定の基準を満たす「子育てサポート企業」として、厚生労働大臣の認定(以下、「くるみん認定」)を受けることをめざしました。

 

※少子化の進行に対して、次代の社会を担う子どもの健全な育成を支援するため、平成17年に施行された法律(令和7年3月31日が有効期限)。平成23年4月の改正以降、常時雇用する労働者が101人以上の企業は、「一般事業主行動計画」の策定と、都道府県労働局への届出が義務となっている(100人以下の企業は努力義務)。

 

「くるみん認定」に向けての取組み

プロジェクトチームは、出産・子育て経験者、育児中の職員等で構成されました。まず、育児と仕事の両立についての現状把握のため、全職員を対象にアンケート調査を実施しました。調査結果から「超過勤務の対応や休暇取得が多くなることなど、育児をしながら働くことへの不安」「利用可能な制度の理解不足」「上司の理解」等があがり、それらの改善に向けた取組みを始めました。

 

取組みの一つとして、制度理解向上のための啓発活動があげられます。産前産後から就学までの約6年間に取得できる休暇や休業等の諸制度や、行政や法人内における支援等を時系列に整理した資料を作成、配布しました。プロジェクトを任された経営管理室の植村文さんは「制度があることは知っていても、いつどのように活用すればよいか、職員も管理職も十分理解しているとはいえなかった。規程等の文章を読み込まなくても、一目で分かる資料を作成したことで、休暇や休業取得の計画、経済面での将来設計にも役立っている。制度は変わっていくため、資料の改訂を随時行っている」と話します。ほかにも、制度についての質問や、休職中の職員の相談を受け付ける相談窓口「子育て@」を設置したり、超過勤務削減の取組みとして毎月25日を「ノー残業デー(カエルデイ)」とし、管理職を含めた職員への啓発活動等を継続的に実施しています。

 

諸制度について分かりやすくまとめた資料を作成

 

こうした取組みの結果、育児休業取得者の実績が、平成26年度には3年前と比較して7倍の21名となり、第2子、第3子の育児休業取得者も増えました。復帰率も100%を達成し、復帰後の昇格者も増加しています。石井さんは「復帰後に活躍できるステージがある。帰ってきてもらえれば戦力になってもらえる」と強調します。

育児休業中の職員さん

 

そして、嬉泉は平成27年と平成30年に「くるみん認定」を受けました。同法人が運営する板橋区立赤塚福祉園 園長の小池朗さんは「認定証は法人内の各事業所に掲示するなど、認定を取得したことが職員全員に伝わるようにし、働きやすい職場づくりをすすめているという意識が職員の間に高まるよう工夫している」と話します。また、認定を受けたことで、その証である「くるみんマーク」を求人票に掲載するなど活用することができています。実際にマークを見て応募してきた方もおり、効果がでています。

 

「くるみん認定」に加え、平成30年には女性の活躍推進に関する状況等が優良な企業が認定される「えるぼし認定」を都内の社会福祉法人では初めて取得しました。さらに、「平成30年度 東京都女性活躍推進大賞 優秀賞」を受賞するという成果にもつながっています。

 

嬉泉が取得した「くるみん認定」(左)「えるぼし認定」(右)

 

応募者に職員の生の声を届ける

嬉泉では、「くるみん認定」に向けた取組みのほか、採用活動における課題の追及をしていくなかで離職率にも注目しました。

 

経営管理室長の萩原泰夫さんは「嬉泉では事業所ごとではなく、法人の総合職として採用しているため、希望とは異なるところに配属されることもある。それは、最初から可能性を狭めることなく、さまざまな経験をして成長してもらいたいと考えているからである。すぐに離職してしまう人を減らし長く働いてもらうためにも、採用活動のなかで法人全体の仕事の魅力を十分に伝えていかなくてはならない」と話します。

 

そこで、嬉泉では応募者の見学や体験に加え、「リクルーター」との交流を通して職場環境や業務の実態、働く職員の姿や言葉を伝えていくことに力を入れています。「リクルーター」は、求職者の身近な就活サポーターという位置づけで各事業所の若手職員から選ばれます。採用説明会で応募者との交流を行ったり、学校との窓口となるとともに、就職してからも良き相談相手となります。

 

平成30年には採用パンフレット「色とりどり。」を発行。年次有給休暇(以下、有休)消化率や離職率等のありのままのデータと、働いている職員の話を載せています。前述の「リクルーター」を経験した職員のなかには、出産や育児のライフステージを迎え、仕事と両立している職員もいます。パンフレットの中には、そうした職員の経験ややりがいも掲載しています。パンフレットを見てもらったうえで実際に「リクルーター」の生の声を聞いてもらうことで相乗効果をねらいます。

 

採用パンフレット「色とりどり。」より

 

また、キャリアパス制度について全職員参加で見直しを図り、再構築を行いました。これまで6段階であったステージを8段階にし、さらにそれを職種ごとに策定しました。そうしたことで職員自身が次のステージに向けて目標を見定め、意欲的に取り組むことができます。また、上司にとっても、達成の状況や目標を明確に職員と共有できるので、どのように研修をするかなどの方針を立てることができます。そして、人材育成の面だけではなく、人事考課においても、職員の総合的な評価として活用することにつながっています。

 

超過勤務削減と有休取得の促進

制度の充実による離職率の低減に向け、労働条件整備もすすめています。例として、有休取得促進のために入職後法定どおりの6カ月経過後付与としていたところを3カ月経過後付与に改めたことがあげられます。また、事業所内への有休取得促進ポスター掲示や、管理職への啓発を行うとともに、超過勤務や有休取得の状況を分析し共有するなど、有休の計画的な取得や超過勤務を削減する職場風土をさらに醸成する取組みも行っています。

 

萩原さんは「平成31年度に法人内でアンケート調査を行ったところ『残業が減った』という回答が多く得られた。しかし、ただ単純に時間を区切って残業を減らせばよいということではなく、利用者の支援に必要なことはしっかりやっていかなければならない。仕事を整理し効率化するなど、さらに何をしたらよいかマネジメントをしていくことが求められる」と言います。

 

取組みの定着をめざす

嬉泉のこれからの取組みについて、石井さんは「認定や受賞により、今までの努力が社会的にも評価され自信がついた。これまで実施してきた、職員誰もが自分らしく働き続けられる職場づくりが、さらに浸透し定着していくよう、これからも取り組み続けていく使命がある」と語ります。

取材先
名称
(社福)嬉泉
概要
(社福)嬉泉
http://www.kisenfukushi.com/
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