(社福)福島県社会福祉協議会 福島県社協児童福祉施設部会
県内8つの児童養護施設による相互応援協定
掲載日:2017年12月12日
ブックレット番号:2 事例番号:25
福島県福島市/平成25年3月現在

 

平成24年5月15 日、福島県社会福祉協議会児童福祉施設部会は「災害時相互応援協定調印式」を執り行い、同年2月に完成させた「原子力発電所の事故にかかわる緊急時の対応マニュアル」に基づく児童福祉施設間の相互協力関係を結びました。

東日本大震災に伴う福島第一原発の事故における実体験をふまえたこの取組みは、わが国に50 か所を超える原子力発電所がある中で全国の福祉施設にとって貴重な経験であるとともに、原発事故に限らず、大規模災害における施設間の相互支援のあり方を考える手がかりとなるものです。

また、措置施設であり、子どもの施設である児童養護施設にとっての災害時における課題を示唆するものとなっています。

 

子どもたちを連れて自主避難することを決断

 

福島県内の8つの児童養護施設では、東日本大震災に伴う津波被害や建物の大きな損壊はありませんでした。しかしながら、同時に発生した原発事故はそれぞれの施設に今もなお大きな影響を及ぼしています。

いわき育英舎(児童養護施設)は、福島第一原子力発電所から約34 ㎞の位置にあるため国の避難指示の範囲外でしたが、子どもたちの健康被害への不安がつのるとともに、震災発生から翌々日の3月13 日には、食料を発注しても入荷が困難となり、物流も著しく途絶えて生活に支障を来たす状況に陥りました。いわき育英舎から県に対して、その状況と避難の必要性を報告しましたが、避難指示を得ることはできず、14 日には国・県から避難指示は行えないが、施設独自で避難することは認められ、いわき育英舎は避難先を探すことを決めました。そうした中、16 日に県から須賀川市の県立児童自立支援施設「福島学園」で18 日から受入れが可能であることが伝えられました。そして、18 日に児童23 人、職員6人が6台の車で福島学園へ移動し、31 日までの約2週間、そこで避難生活を送りました。

福島県社会福祉協議会児童福祉施設部会 部会長の神戸信行さん(青葉学園園長)は、「学校や保育所、幼稚園には災害時、確実に子どもを親に帰すということが求められるが、児童養護施設の場合、そうはいかない。いわき育英舎の場合も、施設周辺の家庭が親の判断で子どもを避難させている状況の中、子どもの安全に責任をもつ現場にとって『退避しなくてよい』とは考えられない状況だった。『施設を離れて避難する』ということは、状況によっては施設を廃止するリスクにもつながる重い判断。これは子どもたちを児童養護施設に入所させる決定をした措置権者である県にとっても想定外の事態であり、このような事態に備えることが必要となってくる」と話します。

 

 

一次避難は県内の施設が相互に受け入れる協定

 

児童福祉施設部会では、今後の事態に備えるためには施設相互の連携が必要と考え、平成23 年6月に県に対してその体制づくりについて申入れを行い、県からは協議をすすめる上で「現場で素案を作ってほしい」という確認が得られました。神戸さんは「行政との合意の上、しくみづくりをすすめることが確認できたのは大きかった」と話します。以降、7月から月に1回のペースで検討をすすめ、11月からは県も一緒に具体的な内容を詰めていきました。そして、冒頭にあるように平成24 年2月にはマニュアルをまとめ、検討から1年弱で同年5月に相互応援協定の締結に至っています。

神戸さんはマニュアルと協定のポイントとして「緊急時にいかに迅速に避難できるかが課題となるため、行政との調整が困難な状況下では、まず県内8施設の相互応援協定を基本とした一次避難を行った上で、その後の二次避難について行政の指示、判断を仰いでいくといったプロセスを合意することができた。何よりも、お預かりしている子どもたちの安全性が高まる」と説明します。

福島県社会福祉協議会福祉サービス支援課の安達弘和さんは、「できあがった協定以上に協定を作ってきた過程そのものが重要だった」と話します。協定があっても実際に機能しなければ意味がありません。実際に緊急避難した施設の経験に基づいた具体的なイメージをもちつつ、協定づくりを急ぎながらも丁寧に一つひとつの課題や疑問点を整理することができました。

 

取材先
名称
(社福)福島県社会福祉協議会 福島県社協児童福祉施設部会
概要
http://www.fukushimakenshakyo.or.jp
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