(社福)合掌苑
働きやすいしくみづくり(1)多様な働き方を受け入れて、働き続けられる職場を(町田市 社会福祉法人 合掌苑)
掲載日:2020年2月25日
2020年2月号 連載

社会福祉法人合掌苑 理事長 森一成さん

 

あらまし

  • 福祉人材の確保・育成・定着に向けたさまざまな取組みの一つとして、福祉施設や事業所では、福祉を学んだ新卒学生だけでなく、未経験者や主婦層、高齢者、外国人など多様な人材に対し、採用や育成・定着のためのさまざまな工夫やアプローチを行っています。多様な背景を持つ人たちが福祉の仕事に関わるきっかけや、働く環境をつくるための取組みや工夫等を取り上げます。
 

ずっと働き続けられる職場を

令和元年8月に公表された独立行政法人福祉医療機構の調査(独立行政法人福祉医療機構(WAM)『平成30年度「介護人材」に関するアンケート調査』https://www.wam.go.jp/hp/keiei-report-r1/全国の特別養護老人ホーム3561施設を対象に行われた)によると特別養護老人ホームの72・9%が要員不足であり、うち12・9%が利用者の受入制限をしている、と回答しています。高齢化がすすむなか、人材不足が施設運営に影響をおよぼす深刻な事態を危ぶむ声もあります。
 
今回は、町田市にある社会福祉法人 合掌苑での取組みをご紹介します。合掌苑が多様な働き方を受け入れるさまざまな取組みを始めたのは平成14年頃です。その頃は就職戦線がまだ買い手市場といわれ、学生の人数も現在より多く、合掌苑でも十分な採用人数を確保していたといいます。ところが、一年以内の離職率は7割、出産後の復帰もほぼ0と、定着率は高くはありませんでした。このような状況をみて、理事長の森一成さんは、若い労働人口が減少する将来に備えて、職員が辞めなくなる工夫が必要だと真剣に考え始めたと言います。
 

夜勤の壁

出産後の復職の大きな障壁は「夜勤」です。出産を機に夜勤ができなくなると、同僚たちの負担がさらに増すことから、職場での居心地が悪くなり、離職につながっていました。森さんは、欧米の介護施設の視察中に、日本とは違い、どの施設も夜勤はすべて専従者が担っていることに気づきました。「夜勤専従」の制度を取り入れることで、女性がずっと働き続けられる職場づくりができるのではと考えました。
 

月給制から時間給制へ

夜勤専従を導入するためには、月給という制度を見直す必要がありました。月給で評価する限り、夜勤のできない育児中の職員もそうでない職員も平等に日勤と夜勤に就き、同じ働き方・労働時間となります。そこで、12か月分の給与と賞与の合計額を年間勤務時間で割り、時間給を算出しました。これにより、日勤の職員と夜勤専従者の給与体系を明確に分けることができ、それぞれのライフスタイルによる勤務時間帯、勤務形態の選択が容易になりました。
 

時間に対する意識の変化を

時間給という実績をもとにした支給制度にしたことで予想外の効果もありました。時間に対する職員の意識が強まり、タイムカードの打刻忘れや有給休暇の申告漏れの減少につながりました。
 
また、職員一人ひとりの働き方に変化を起こすための方策も実施しました。それまでは、勤務予定時間より早く出社したり、タイムカードを打刻した後に居残ったりと「サービス残業」を行う職員の姿が見られました。時間給の導入以降は、このような時間が30分を超えた場合は、上長へ理由を報告することを義務付けました。「サービス残業」は歓迎されることではない、ということを法人自らが示すことで、帰りやすく、オンオフの切り替えのしやすい職場をめざしました。
 
長期休暇の取得を促すためのリフレッシュ休暇も新設しました。上期に4日、下期に4日設定し、他の休暇・休日と併せて1週間以上の長期休暇をとる場合に利用できることとしました。森さんは「長期間休んで、リフレッシュすると表情が違い、新たな気持ちで業務に励んでもらえる。今ではほとんどの職員が利用している」とその効果を語ります。
 

夜勤専従者の募集を開始

従来の就業制度では、1回の夜勤は、1日8時間の勤務の2回分である16時間連続と長いものでした。合掌苑では、夜勤専従者を募集するにあたり、夜勤手当を引き上げるとともに、1回の夜勤を9時間としました。2人がペアとなり、交代で1週間に3回または4回の夜勤に就くことにより、週の半分が休みとなります。「趣味にまとまった時間を使いたい人、目的があって貯蓄したいという人、経験やスキルは十分備えているが、昼間の来客などの接客業務は苦手だという人など、応募動機はさまざま。5年以上の介護職従事経験を必須条件としているが、人気は上々」と森さんは話します。
 
導入当初、職員からは、夜勤がなくなった分の手当が減ることへの不満もありました。しかし、夜勤がなくなり、身体への負担減も実感できるようになると、日勤に専念できることを喜ぶ声が多くなっていったと言います。徐々に夜勤専従者の割合を増やし、現在では夜勤は完全に専従者のみに切り替わっています。
 
夜勤ローテーション例〈合掌苑提供〉
 

育児中の女性を応援する~マザーズプロジェクト

法定では産前休暇は6週間以上のところを、合掌苑では8週間としています。出産を経験した職員からの「つわりの時期が辛く、休みが欲しかった」という意見に応え、出産直前だけでなく、妊娠が分かった時からいつでも取得でき、時間単位での取得も可能としました。出産後は、正社員の身分のまま6時間まで時短での勤務をすることができます。
 
平成26年からハローワークと協力して産休育休明けの女性の採用を強化する「マザーズプロジェクト」にも取り組みました。10月に4月入職の募集を始め、保育園の入園申請の時期を考慮して12月に内定を通知します。そのほかに、扶養する子どもに対する手当支給、平日夜間と日祝日に開設する利用料無料の企業内託児室や、母子世帯のための職員寮の開設等、働く「マザーズ」を応援するしくみを充実させたことで、ハローワークから常時求職者の紹介が来るようになりました。
 

能力や貢献度に応えられる処遇を

高齢者の活躍を促す雇用のしくみとして、合掌苑では、在籍中に60歳を迎えた職員を対象に65歳まで同じ給与額を維持しています。段階的に65歳、70歳で手当て等は減額となりますが、体力に自信がなくなったり、余暇を充実させたいと思ったときにも、フレキシブルに就労形態の見直しができます。これも、時間給を採用したことで実現できました。「現在在籍する職員の最高齢は83歳。働く意欲が高く、専門資格や豊かな経験を持った人材が長くいてくれるのは有難いこと」と森さんは話します。
 

「それ」を理由に断りません

社会貢献にもつながる採用促進のプロジェクトも行っています。「働きづらさ」を25項目に表し、「25大雇用」と称し「それを理由に断らない採用」を行っています。就労支援団体とつながりを持ち、これまでに知的障害、精神障害、うつ、ひきこもり等、さまざまな事情を抱えた人を受け入れてきました。試用期間を設け、その人のできる仕事を見極め、徐々に就労時間や日数を増やし、本採用をめざすというものです。なかには、本人の希望により試用期間のまま数年在籍する人もいます。周辺の学校の登下校で騒がしくなる時間が苦手で、それを避けて就労時間を決めている人もいます。森さんは「受け入れる職員に障害についての理解を言葉で説くよりも、実際に職場で触れあうことで分かることはずっと多い。この人にはどんな仕事ができて、それをするためにはどんな配慮をすればよいのか、ということを日々の業務や面談を通じて考えていく。誰もが何かの役に立ちたいと考えているもの。それぞれができることをやって、結果的にお互いの為になればよい」と話します。
 
25大雇用〈合掌苑提供〉
 

多様な働き方、人材の受け入れを

合掌苑ではこれらの取組みに12~13年かけてきました。待遇面についての変革は特に、職員に対し「なぜこのしくみが必要なのか」を説明してきました。今後の人材確保について、森さんは「日本全体で人口が減少していくなかで、フルタイムで従来通りの働き方のできる人口もまた減少していく。限定的な働き方なら可能だという人たちを惹きつける施策が必要だ。外国人材もますます重要となってくるだろう」と危機感をもって語ります。「一億総活躍社会」の実現に向け、「働き方改革」がすすめられていくなか、「雇い方改革」ともいえる、一歩先を見据えた取組みがすすめられています。

取材先
名称
(社福)合掌苑
概要
(社福)合掌苑
http://www.gsen.or.jp/
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