西東京農地保全協議会事務局長
若尾健太郎さん
「みんなの畑」の皆さん
西東京市にある「みんなの畑」は、誰もが参加できる「農」を通じた地域の居場所です。子どもも大人も高齢者も、ハンディキャップがある人、ない人も集まり、ひとつの畑で作物を育て、収穫し、味わう過程を通して、人と人がつながり、助け合える関係をつくることをめざす市民活動です。
「みんなの畑」を運営する西東京農地保全協議会(以下、ノウマチ)は、会長の岩崎智之さんの「福祉分野でまちを盛り上げたい」という思いと、事務局長の若尾健太郎さんの「農業でまちを盛り上げたい」という思いが出会い、平成25年に立ち上がりました。当初は、デイサービスセンターに通う高齢者を農家さんのもとにつれて、収穫体験や軽作業をしていました。ただ、農家さんが本業の傍ら、体験活動をサポートすることは難しいため、いつ、どのような作業ができるかという調整が難しく、若尾さんはより良い活動方法について考えていました。
同じ頃、西東京市市民協働推進センター「ゆめこらぼ」で「ごしゃまぜの居場所づくり」をテーマにした話し合いが行われていました。高齢者だけではなく、障害者や公民館、社会福祉協議会などさまざまな分野からの参加者が集まり、地域の多様な人々が集える場について複数回に渡って話し合いました。その中で、ノウマチでその場を体現できないか、ということになり、現在の誰もが参加できる活動につながりました。
その後、活動に理解のある地主さんの協力で農作業できる場所が確保でき、一面芝生だった土地を手作業で開墾するところから「みんなの畑」がスタートしました。
交流の時間も大切に
毎週水曜日の誰でも参加できるオープンデーには、人づてに話を聞いた地域住民や福祉施設の利用者と職員、インターネットを通じて活動を知った方など、20名ほどの人が一つの畑に集います。
夏休みが始まっていた取材当日にも、子どもや近隣住民、就労継続B型作業所の利用者、就労支援事業の利用者、デイサービスの利用者など、さまざまな方が集まりました。参加していた小学5年生の男の子は「畑いじりをやってみたいと思っていた。インターネットでみんなの畑を知り、面白そうだと思って参加した」と話します。
畑では季節に合わせて、人参やじゃがいも、玉ねぎ、ナス、トマト等の野菜のほか、販売用に単価の高いにんにくや珍しいハーブなど多種多様な作物が育てられています。そして、育てた夏野菜でカレーづくりやビアガーデン、畑に生えた雑草を使って染め物体験など、イベントも開催しています。コロナ禍前には2か月に1回程度イベントを開催していました。
畑では、収穫物を喜んだり、大変な作業は何人かで分担したり常に明るい声が行き交います。どんなイベントをしたいか、という話も作業中の話題に上るため、そこから「次はこれを育てよう」と育てる作物も自然と決まることが多いといいます。若尾さんは「食は人にとってなくてはならないものであると同時に楽しみにもなる大切な営み」と話します。続けて「地域の課題を真正面から解決しようとするだけではついてくる人は少ないと思う。農作業ももちろん楽しいけれど、途中でおしゃべりをしたり時々のイベントで盛り上がったり、楽しみとなる交流の時間も大切にしている」と活動の中で意識していることを話します。
サツマイモのつる返しの様子
てきぱきと草刈りをされていました
「お隣に醤油を借りにいく」ようなコミュニティをつくりたい
このような「農」と「食」を土台にした活動の背景には、時代とともに畑や緑が少なくなり、子どもたちの原体験や原風景がなくなってしまうことへの危機感があったといいます。また、虐待や孤独死といった社会問題もコミュニティのつながりが薄くなったことが大きく影響しているのではないかという思いもありました。若尾さんは「そのような社会問題に対して一つ一つ対応するのではなく、横串を通した対応が必要だと思った」と話します。
また、若尾さん自身が青年海外協力隊として、グアテマラ共和国で活動した経験も農業をテーマにした居場所づくりの背景にあります。「農業が生活の中心にあるグアテマラでは、食、労働、勉強、政治、住居が半径1kmの範囲で完結し、そのコミュニティで自然と助け合いながら生活が成り立っていることが衝撃だった。改めて、農業がコミュニティにとって重要なものだと実感した」と振り返ります。
地域に顔見知りが増え、お互いに気遣い合う関係になれば、暮らしやすいコミュニティが自然と生まれ、一人ひとりの強みを活かして助け合えれば解消する課題もある、という思いが活動の原動力になっています。
若尾さんは「ただ昔の日本の姿に戻るということではなく、これからどんな地域をつくっていきたいかを地域の皆さんと一緒に描いていきたい。まずは、お隣にちょっと醤油を借りにいく、顔を合わせたらちょっと雑談する、そんなつながりをつくるところから始めたい」と話します。
「ごしゃまぜの居場所」
どんな人でも参加できるからこそ、地域のさまざまな立場の人との出会いがあります。そして、一人ひとりの得意不得意を活かし、お互いに補い合いながら、同じことを体験して、成果を共有し、それを喜んだり楽しんだりする農作業では、一体感もより大きなものになるといいます。若尾さんは「就労継続支援B型作業所の参加者からは『社会との接点ができることがうれしい』という反応があった。ほかにも、就労支援を通じて参加していた若者が、就労につながることもあった。農作業を通じて他者と自然にコミュニケーションが取れることや育てた作物が大きくなる達成感、自分が得意なことを見つけるヒントを得ることが、自信につながっているのだと思う」と言います。また「退職したシニアの方々からは『居場所ができたことがうれしい』という声もあった」と活動の成果が多くの人に広がっていることの喜びを話します。
これからの展望
今後について、若尾さんは「これからも活動を続け、地域の一員として、地域の問題を地域で解決できるようになりたい」と話します。
そのためには、資金調達のしくみも重要です。若尾さんは「つくった野菜を売ることのほか、行政の支援、民間の助成を受けながら活動を継続していきたい。ゆくゆくは市民活動に留まらず、ソーシャルビジネスとして事業が回り続けるしくみをつくり、さらなる地域づくりにチャレンジしていきたい」と今後の抱負を話します。
収穫した野菜の一部
西東京市芝久保町
「野菜を育てる。コミュニティを育てる。」をコンセプトに、誰もが参加できる「ごしゃまぜな農体験」、イベント、ハンディキャップを持っている方々への農的就労支援を行う。
オープンデーは毎週水曜日午前中。
ホームページ:https://www.minhata.com/