東京社会福祉士会 小林良子さん、おおた社会福祉会長 生駒 友一さん
罪を犯した人の背景にある生きづらさに 寄り添い、支える地域社会に向けて
掲載日:2024年10月4日
2024年9月号 NOW

あらまし

  • 生きづらさが、さまざまな背景の中で時に犯罪につながり、事件となって表出してしまうことがあります。
    今号では、生きづらさから罪を犯した人が、地域社会に戻る際の、罪からの立ち直りを支えるしくみや地域で支える支援者の想いを紹介します。

 

犯罪の背景にある生きづらさを支える

2003年ごろから、刑務所をはじめとする矯正施設(※)に収容されている人や、繰り返し罪を犯してしまう人の中に、高齢者や障害のある人が多い状況にあることが明らかになってきました。そこで、高齢や障害などを理由に福祉的な支援が必要な人が矯正施設から退所する際に必要な支援(出口支援)を行うため、2009年に「地域生活定着支援センター」が各都道府県に設置されました。それ以降、矯正施設内に社会福祉士が配置されるなど、司法と福祉の連携が徐々にすすめられ、犯罪の背景にある一人ひとりの生きづらさに少しずつ目が向けられてきました。

 

一方で、罪を犯し、逮捕後に不起訴となってそのまま釈放される人も多くいます。このような人たちは、何らかの生きづらさが犯罪という形で表出した可能性がある場合にも、地域生活定着支援センター等の支援につながらないまま、孤立や生きづらさの中で、罪を繰り返してしまうこともあります。そうした潜在的な対象者が少なくない状況を受け、2012年ごろからは、被疑者・被告人段階での入口支援の必要性が認識されるようになりました。

 

また、再犯者率の上昇をふまえ、2016年に再犯防止推進法が施行され、国をはじめとして都道府県および市町村でも再犯防止推進計画の策定がすすめられてきましたが、2022年の再犯者率は47.9%と依然として高止まり傾向にあります。そして、65歳以上の高齢者が2年以内に再び刑務所に入る割合は2020年で20.7%と、出所者全体の15.1%に比べて高くなっており、罪を犯した人の立ち直りや背景にある生きづらさを福祉の視点から支えることが求められています。

 

(※)矯正施設・・・刑事施設(刑務所・少年刑務所・拘置所)、少年院、少年鑑別所を指す

 

立ち直りを支える司法と福祉の連携

東京社会福祉士会の司法福祉委員会では、司法福祉に関する公開講座の実施や情報発信などの活動とともに入口支援の一つの方策として、2014年から弁護士会と社会福祉士会が連携して、高齢や障害などを理由に福祉的支援が必要な被疑者・被告人を支援する刑事司法ソーシャルワーカーの養成を開始しました。現在、80名ほどが登録しています。

 

刑事司法ソーシャルワーカーの活動は、弁護士からの依頼により支援が始まります。本人と面会し、今後の支援への同意を確認した上で、関係者への情報収集などから、本人の抱えている生きづらさや事件の背景を分析します。この分析に基づいて「更生支援計画書」を作成。計画書には、対象者が地域に戻った際に安心して暮らしていくために必要と考えられる支援内容を具体的に記載していきます。例えば、住まいや生活、就労、福祉サービスの利用支援などです。

 

判決後は、計画書に沿って、刑事司法ソーシャルワーカーと地域の関係機関などが連携・引継ぎをしながら、対象者の生活を支えていきます。

 

生きづらさが犯罪につながらないように

司法福祉委員会の委員長を務める小林良子さんは、自身も刑事司法ソーシャルワーカーとして、また、福祉や犯罪に関する相談を受ける団体「早稲田すぱいく」の代表理事として、さまざまな活動に取り組んでいます。

 

小林良子さん

 

小林さんは、罪を犯した人の立ち直りを地域で支えることの大切さに触れながら、継続した息の長い支援の課題について提起します。「以前、私が担当した人は、知的障害があることが分かり、療育手帳を取得しました。取得後、さまざまな制度につながりやすくなったものの、本人は福祉的な支援への拒否感があり、地域とのつながりも薄いままでした。こうした状況にある人や家族をどのように地域で支えていくことができるのか、考え続けていかなければならないと感じます」。さらに、「生きづらさを抱える人やその家族が自ら相談窓口に行くことは少ないのではないでしょうか。“相談の輪の中に入ってこない人”が社会の中で取り残されないように、生きづらさが犯罪につながらないように、関係機関の皆さんとこれからも模索していけたらと思います」と話します。

 

立ち直りを決意した人の気持ちに寄り添う

保護司は、罪を犯した人や非行に走る人の立ち直りを支える民間のボランティアで、約4万7,000人が全国で活動しています。保護司として大田区内で活動する生駒友一さんは、社会福祉士としておおた社会福祉会の会長を務め、さらには区内の商店街にある老舗大学芋専門店の店主でもあります。幼少期から、店で両親がお客さんや地域の人と関わる姿を見ていた生駒さんは、大学で社会福祉を学びました。「身近にあった、お客さんとの何気ない会話や時間が、同じ空間にいる一人ひとりの“心のよりどころ”や“居場所”になっていることがあると知りました」と、ご自身の経験からの想いを話します。

 

生駒友一さん

 

生駒さんは、日ごろの活動の中で大切にしている姿勢について、「本人が立ち直ろうと思った時に支援するのが自分の役割だと思います。『こうあるべき・こうしなさい』と押し付けるのではなく、本人が今後どういう生き方をされたいのか、対話をしながら一緒に整理をしていくことを大事にしています。『こうしたい』と自分の力で一歩を踏み出した時に、これまでの犯罪や非行とは違う方向に歩けるようにサポートをしていければと考えています」と言います。

 

一歩踏み込んだサポートを社会全体で

一方で、非行に走ったり、罪を犯した人の問題だけではないことも常に意識しているそうです。「保護司として担当する人の中には、これまで過酷な経験をしてきている人が多くいます。事件が起こる前に、本人へのもう一歩踏み込んだサポートや周囲からの理解、つながり先があれば、事件を起こすことはなかったかもしれないと感じます。極端な話ですが、事件が起きなければ被害に遭う人もいないわけで、誰もが安心して暮らせる地域、社会に近づいていくのではないでしょうか」と、生駒さんは話します。

 

そして、誰もが安心して暮らせる地域づくりには、社会福祉士などの専門職だけではなく、地域で暮らす人同士が集まって話し合い、考えることが不可欠です。おおた社会福祉士会では、毎月1回、勉強会を企画しています。会員の社会福祉士に限らず、テーマに関心のある人は誰でも参加することができます。これまで、非行・犯罪をはじめ、地域で暮らす障害やさまざまな生きづらさを抱えた人たちの孤立を防ぎ、互いに支え合う社会をめざして活動してきました。また、大田区内の地域活動や区民活動を知ることができるテーマの会なども開催し、生駒さんは「勉強会に関心を持って参加してくれた人にとって、大田区という同じ地域で暮らす人々のことをちょっと考えてみるきっかけや何かのヒントになるといいなと思っています」と話します。

 

最後に、生駒さんは「さまざまな理由で生きづらさを抱えている人には、より手厚いサポートや丁寧な関わりが必要なことがあります。しかしそれは特別扱いをするという意味ではなく、目が悪い人がめがねをかけるように、人それぞれ生活する上で必要なものに違いがあるからです。今の活動を続ける中で、そういったメッセージも発信していきたいと考えています」と、活動への想いを語ります。

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東京社会福祉士会 小林良子さん、おおた社会福祉会長 生駒 友一さん
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