平成25年10月16日、台風26号により大島の元町地区に大きな被害をもたらした土石流災害。36名が亡くなり、3名が今なお行方不明となっています。この災害では、親が被災し遺児となり、また、住む家を失った子どもたちがいました。そして、子ども家庭支援センターや一部の保育所が休止となったり、学校が休校となるなど、子どもとその家庭の暮らしに大きな影響がある災害でした。
発災後、センターが提供していた子育てひろばは休止に
大島町子ども家庭支援センター(以下、「センター」)は、土石流災害の発生した元町の隣の野増の旧小学校跡地にあります。発災前のセンターでは、「子育てひろば」があり、主に0~3歳児の親子が訪れ自由に過ごしていました。必要があれば一時預かりをしたり、親子向けの行事や講座を行っていました。また、学童放課後サポート事業を行い、学童が放課後に自由に出入りすることができます。例えば、授業が早く終わる水曜日などはお母さんが車で連れてきて、夕方に迎えにくるといった過ごし方をしていました。
センターのスタッフは、保育士1名、保健師1名、社会福祉士1名と臨時保育士が1名の体制でした。このうち保健師1名は、発災当日からすぐに本庁での災害支援に入り、それは3月まで続きました。また、スタッフの一人は家が全壊する被害にあっています。
発災後、センターのある旧小学校全体が災害支援のための自衛隊の活動拠点となりました。グラウンドは様々な自衛隊車両に埋め尽くされ、そのため、センターを運営することができなくなりました。再開できたのは発災から1か月後の11月7日。当時、センターの社会福祉士だった星 朗子さん(現・大島町福祉けんこう課被災者支援係)は、「発災後のセンターの敷地内は、とても小さな子どもには見せられないようなものものしい雰囲気だった。センターを休止してからは、『やっていますか?』という問合せはあったものの、皆さん、大変な災害だとわかっていたので、休止は『やむを得ない』という感じだった」とふり返ります。
一方、11月には、災害支援活動に尽力した自衛隊が島を離れる際、センターでサークル活動を行っていたママさんたちが自主的に運動会の残りのメダルを加工し、小さな子どもが感謝の気持ちを込めてそのメダルを隊員に渡すということもありました。星さんは「災害で大変な状況の中、子育て家庭のママさんたちにも『何か自分にできることはないだろうか…』という想いがあったのだろう」と話します。
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